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<title>本屋のばあさんの平和な一日</title>
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<description>世捨て人のばあさんが、さびれた裏通りでひっそりと営んでいる貸し本屋。 気紛れなお客様のお立ち寄りを、野に咲く花のよーにひそかに待っている。</description>
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<title>ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅ公演「十二夜」個人的趣味に徹した感想「帰ってきたかさはラマン」５</title>
<description> サー・トービー、サー・アンドルー、マライアのトリオは、２曲ともたいへん楽しくて良かった。Ｉ飛マライアの歌は本格派だし、イル・青木は、上手いとか下手とかは別として、仮にもシンガー、素人は、この際、王子だけなのだが、そして、王子ご自身は、「歌も踊りも苦手なので『悪戦苦闘』している、優しい目で見て・・・」と、四十男の言うこととも思えないフザケたヌルイことをヌカし・・・もとい、いと覚束なきことをも仰せられ
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<![CDATA[ <span style="color:#66cc33"><span style="font-size:x-small;">サー・トービー、サー・アンドルー、マライアのトリオは、<br /><br />２曲ともたいへん楽しくて良かった。<br /><br />Ｉ飛マライアの歌は本格派だし、<br /><br />イル・青木は、上手いとか下手とかは別として、仮にもシンガー、<br /><br />素人は、この際、王子だけなのだが、<br /><br />そして、王子ご自身は、<br /><br />「歌も踊りも苦手なので『悪戦苦闘』している、優しい目で見て・・・」と、<br /><br /><span style="color:#6600ff">四十男の言うこととも思えないフザケたヌルイことをヌカし・・・</span><br /><br />もとい、いと覚束なきことをも仰せられしかども、<br /><br />しかも、<span style="color:#ff0000">「戦」の字のほこづくりが間違っていた</span>けれども<br /><br />（容赦ねえな、このオバハン＾＾；ほんとにファンなのか？）、<br /><br />そうは言っても、そつなくこなしてくれるんだよね、プロですもの・・・と信頼しつつも、<br /><br />この人に限っては、本当にシャレにならなかったらどうしよう、と、<br /><br />一抹の不安が拭い去れないまま、おっかなびっくり拝見しておりました。<br /><br />・・・ら、ほっとしましたよ＾＾；<br /><br />歌もダンスも、ご堪能なんじゃございませんか、王子殿下。<br /><br />ま～た、ご謙遜を～＾＾<br /><br />滅多なこと仰らないでくださいましな、本気でハラハラしましたがな＾＾；<br /><br />（あ～良かった・・・マジ胸撫で下ろす平和堂。<br /><br />本当にファンなのか！？<br /><br />てめえの贔屓役者くらいもっと信用しろよ＾＾；）<br /><br /><br /><br />それにしても、「上手く歌おう」と思ってまじめに歌稽古がんばってた若手諸君は、<br /><br />大先輩のこういう<span style="color:#ff0000">力技で捻じ伏せる！</span>みたいな歌い方を見て、<br /><br />ええっ、こんなんアリなんかよ！<span style="color:#ff0000"><span style="font-size:large;">きったねえ！</span></span><br /><br />・・・じゃなくて、<br /><br />そうと知ってりゃあんなにボイトレしなかったのによ！<br /><br />・・・と地団太踏んだであろうことおよそ間違いない。<br /><br />と、見てきたかのよーに言う平和堂だが、<br /><br />むろん、見てきたわけではない、が、絶対そうだ（断言！）。<br /><br />うんうん、言いたいことはわかるがね、君たち、<br /><br />あれは、Ｋ原Ｈ夫だからできる<span style="color:#ff0000">強引な荒業</span>。<br /><br />君たちはやめておきなさいね、基本が大事よ、基本が、うんうん。<br /><br />ああいうことには、やれるキャラとやれないキャラというものがあるのです。<br /><br />もとより、キャリアとか演技の実力とかとは関係ありません。<br /><br /><br /><br />出だしからいきなりハイトーンのソロで、あれだけ思い切った声の出し方をされたら、<br /><br />その声の張りと声量に圧倒されるだけで、聞いてるほうはノックダウン！<br /><br />そのまま強引に押し切られてしまう。<br /><br />そうこうしているうちに、あっという間に曲は終盤、三人の合唱に入って、<br /><br />プロとプロ級の二人がヴォーカルをリードしてしまうので、<br /><br />王子の歌は<span style="color:#6600ff">なんとなくうやむや</span>にされて、無理やり納得させられて、終曲。<br /><br />もちろん、音を外すとか声が伸びないとかいった難がないのは、<br /><br />言うまでもないとして、<br /><br />この人の場合、地声がわりと高いから、<br /><br />得意な音域にうまくはまっていたのかもしれない、<br /><br />こんな声で歌うんだ、わあ・・・<br /><br />それにしても<span style="color:#ff0000"><span style="font-size:large;">でかい声</span></span>・・・と思っているうちに、<br /><br />いつの間にか<span style="color:#ff0000">力ずく</span>で持ってかれてた、という印象。<br /><br />そう、これくらいの使い方が、劇中歌としては妥当。<br /><br />ケチがつかないうちにスパンと終わらせるんだよ。<br /><br />このトリオは、そういう意味でも、非常に扱い方がうまくて、<br /><br />文字通り、ケチのつけようがなかった。<br /><br /><br /><br />なんつうんだろう、Ｋ原の歌い方は、<br /><br />「舞台」というものを心から信頼して身を委ねた、<br /><br />堂々と開き直った歌いっぷりだった。<br /><br />サー・トービーならこう歌う、という、役柄にはまった歌い方だった。<br /><br />こちとら歌手じゃねえんだ、歌手並みでなくたって構うもんか、<br /><br />Ｋ原Ｈ夫が歌ってんじゃねえ、サー・トービーが歌ってるのだ、文句あっか。<br /><br />いえ、文句ありません。<br /><br />仰るとおりでございます。<br /><br />殿下は、「歌も踊りも苦手なの、見逃して・・・」とは仰りながら、<br /><br />結局のところ、プロとして恥ずかしくない仕事をなさいました。<br /><br />そのうえで、これ以上、何を申し上げることがございましょうや。<br /><br />天晴れ、お見事でございます。<br /><br /><br /><br />・・・うん？マツシンも同じこと言ってて、平和堂、説教かましてた？<br /><br />甘ったれたこと言ってんじゃねえ、とか、ほざいてた？<br /><br />マツシンも、個人的にはちゃんと歌って、プロの名に恥じない仕事を見せたのに？<br /><br />や、それはですね、<br /><br /><span style="color:#ff0000">いよいよこれから！</span>っていう<span style="color:#ff0000">若年層</span>の役者がですよ、<br /><br />自己研鑽に自ら限界を強いるような発言を、<br /><br />むやみに人前で行うことは感心できんなあ、と、<br /><br />これは、役者と贔屓、という関係性ではなくして、<br /><br />青年と大人、という関係性の下にですな、社会的立場から、<br /><br />平和堂は、ここは一言、箴言耳に逆らうような憎まれ口を敢えて・・・<br /><br />いや、だからといって、何も、Ｋ原が、<br /><br /><span style="color:#ff0000">もはやこれまで！</span>っていう<span style="color:#ff0000">中年層</span>の役者だから<br /><br />言いたいこと言ってやりたいことやっていいとか、<br /><br />そういうことではないのでして、その・・・（しどろもどろ・・・）<br /><br />ゴメンナサイ、<span style="color:#ff0000">依怙贔屓</span>です。<br /><br />く・・・悔しかったら、<span style="color:#ff0000">依怙贔屓</span>してくれるくらいのファンを付けるこった！<br /><br />（うわあ、出た、必殺・開き直りの術だあ・・・＾＾；）<br /><br /><br /><br />当初Ｆ戸のシングルだったサー・トービーを、Ｋ原とのダブルにしたのは、<br /><br />チケットのはけ具合を見ての興行的措置かと思ったが、<br /><br />案外、これは、役者の体力との相談だったのかもしれない。<br /><br />つーか、絶対そうだって。<br /><br />一人で連日は、無理でしょう、これは・・・＾＾；<br /><br />戯曲では、わりと、さらあっとした役なのに、<br /><br />あれだけハイテンションで扱うとなるとね。<br /><br />でも、サー・トービーは、どこまでも淡白。<br /><br />テンション高くても、それと濃厚さとは違う。<br /><br />酩酊と夢の中に生きているような、「人生」これ祭り、みたいな達観と言うか、<br /><br />どうせ虚しい祭りなら、踊らにゃ損、損！みたいな潔さと言うか、<br /><br />そういうものを、Ｋ原のサー・トービーには感じた。<br /><br />根底に流れる一抹の倦怠（ふっ・・・アンニュイ・・・）に<span style="color:#ff0000">妙な色気</span>があり、<br /><br />それがまたキングのフェステの斜に構えた厭世観と見事にリンクしていて、<br /><br />祭りのあとの寂しさはひとしおだ。<br /><br />なんなんだろうねえ、この人の、この<span style="color:#ff0000">滲み出すような色気</span>って＾＾；<br /><br /><span style="color:#ff0000">年の功</span>ですか、そうですか。<br /><br /><span style="color:#ff0000">大人の男の色気</span>ってやつですか。<br /><br />ごたぶんに漏れず、参ってます、もってかれてます、平和堂。<br /><br />台詞の間合いが良く、他の役者との呼吸が合っているので、<br /><br />ふつーにしゃべっても、なんか面白い。<br /><br />サー・アンドルーに決闘状を書けとけしかけるところとか、<br /><br />その決闘状を読み上げるところとか、<br /><br />シザーリオとの決闘を実現させるために、<br /><br />二人の間を行ったり来たりするところなんか、すごくいい。<br /><br />「読めない！・・・あ、反対か・・・」<br /><br />「さーてと、この手紙は使えんなー、<span style="color:#ff0000">バカ</span>が書いたって一目瞭然だー」<br /><br />こういうすっとぼけた味は、Ｆ戸には出せない。<br /><br />声の軽みが、おかしみを生み出している。<br /><br />「剣を抜け、若造！どうしても戦わないと言うのなら、<span style="color:#ff0000">この俺が相手だ！</span>」<br /><br />「・・・わけがわかりません；；」<br /><br />こういう掛け合いも、Ｆ戸・マツシンよりも、Ｋ原・ヨシキのほうが間が良くて、<br /><br />現代的な笑い（若い子の言う、「意味わかんねーし」に近い感覚）を生む。<br /><br />サー・トービーが、さも理不尽なことを言っている感じがする。<br /><br />ヨシキの受け方がまた絶妙だから。<br /><br />関西人は、やっぱ、笑える間の取り方が違うよ。<br /><br /><span style="color:#ff0000">吉本を見て育ったかどうか</span>は、かくも大きい。<br /><br />マツシンの受け答えは、まじめすぎて笑えねんだよ；；<br /><br />マツシンのだと、<br /><br />シザーリオが「剣を抜いて戦え」という自分の命令に従わないから、<br /><br />サー・トービーが腹を立てて、「この俺が相手」となるんだなあ、と、<br /><br />間違った理屈で曲がりなりにもつながってしまうんだよね。<br /><br /><span style="color:#ff0000">「いかにも強そうにしているんだ、<br /><br /><span style="font-size:large;">脚を上げて！</span><br /><br /><span style="font-size:large;"><strong>もっと高く！</strong></span><br /><br /><span style="font-size:x-large;"><strong>グリコォ～～～～！！！</strong></span>」</span><br /><br />いや～、もう、とりあえず、その声量に圧倒されます。<br /><br />これ、大阪でやったら、東京の倍、受けたでしょう？<br /><br />みんな、<span style="color:#ff0000">道頓堀</span>に頭が吹っ飛びますからね。<br /><br /><span style="color:#6600ff">キャラメルの箱</span>とか、連想しませんからね。<br /><br /><br /><br />ああっ。<br /><br />今、気付いたぞ。<br /><br /><span style="color:#ff0000"><span style="font-size:large;">αチームは集中的に関西人が出演している。</span></span><br /><br />尼崎のヨシキ、大阪のＦ見、<br /><br />兵庫の富士（は、今の場合あんまり関係ないとして。<br /><br />掛け合いの台詞とかないから）、<br /><br />そして、奥田は関西人ではないが、吉本の薫陶を受けている以上、<br /><br />彼も<span style="color:#ff0000">準関西人</span>だ、ある意味、<span style="color:#ff0000">最強</span>の。<br /><br />そして、シングルキャストの三重の藤原、滋賀の青木。<br /><br />βチームには、シングルキャストの二人を除いて、<br /><br /><span style="color:#6600ff">メインキャストに関西出身者が一人もいない！</span><br /><br />αキャストは、<br /><br />同じ板の上に二人以上の関西人が乗って掛け合いをやっている率が、<br /><br />ものすごく高かったのだ。<br /><br />・・・こ～れは～・・・＾＾；<br /><br />そりゃあ、テンポが違うわ～、カラーが違ってくるわ～・・・<br /><br />当たり前だっちゃねわ～・・・<br /><br />そういう意図の、この度のチーム編成だったのか～（違）。<br /><br /><br /><br />オーシーノ公爵も、ヨシキのシザーリオのときのほうが、<br /><br />なぜか、ノリがいいんだよね。<br /><br />「ここへおいで、シザーリオ。いずれお前も恋をしたら・・・」の前、<br /><br />公爵を見つめているのに気付かれたシザーリオが、<br /><br />セットの積み上げたキューブを所在なげにいじって、それとなくごまかしているのを、<br /><br />「縦も横も３０センチだ」、「たしかにそこは出っ張っているが」、<br /><br />ヨシキのときだけ、いちいち絡むんだな＾＾<br /><br />絡みやすそうだなあ、と思ったなあ。<br /><br />ヨシキと絡むと、Ｓ世の面白さが、より生きる。<br /><br />マツシンのときは何も言ってなかった、平和堂が見た回だけかもしれないけど。<br /><br />主演張るだけでいっぱいいっぱいの若手に、下手にアドリブ振ると、<br /><br />動揺されそうで怖いのかもな、とも思った。<br /><br /><br /><br />このシーンのことを書き始めたので、ちょっと寄り道。<br /><br />「あなた様のようなお顔立ち・・・」のあと、<br /><br />公爵、「なに、そんな女<span style="color:#ff0000">は</span>お前<span style="color:#ff0000">には</span>もったいない」って言わなかった・・・？<br /><br />聞き間違いかとも思ったけど、三回聞いて、三回ともそう言ったような気がします。<br /><br />・・・逆でしょう？<br /><br />まさか、Ｓ世Ｋ司ともあろう役者が、こんな言い間違いを、<br /><br />思い込みでやらかそうとは思わないのだけど・・・<br /><br />いや、台本ごと間違っていたにしてもだよ？<br /><br />細かいとこすみません、もし他にお気づきの方いらしたら、ご意見くださいませ。<br /><br /><br /><br />ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅ公演「十二夜」個人的趣味に徹した感想「帰ってきたかさはラマン」６<br />に続く（まだ語るか・・・）。</span></span> ]]>
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<dc:subject>舞台・映画鑑賞記録</dc:subject>
<dc:date>2009-11-24T19:00:12+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅ公演「十二夜」個人的趣味に徹した感想「帰ってきたかさはラマン」４</title>
<description> 待ってました、真打登場です。伯爵家の三悪人、サー・トービー、フェイビアン、マライア。伯爵家の三馬鹿、サー・トービー、サー・アンドルー、道化フェステ。シェイクスピア劇において深い意味を持つとされる数、両方の「三」に名を連ねてしまう、飲んだくれのろくでなし、伯爵令嬢オリヴィアの叔父、サー・トービーは、髪型も髪型だったが、衣装も衣装だった・・・ヨーロピアンメタルテイスト満載の胸飾りヒラヒラのドレスシャツ
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<![CDATA[ <span style="color:#66cc33"><span style="font-size:x-small;">待ってました、<span style="color:#ff0000">真打登場</span>です。<br /><br />伯爵家の<span style="color:#ff0000">三悪人</span>、サー・トービー、フェイビアン、マライア。<br /><br />伯爵家の<span style="color:#ff0000">三馬鹿</span>、サー・トービー、サー・アンドルー、道化フェステ。<br /><br />シェイクスピア劇において深い意味を持つとされる数、<br /><br />両方の「三」に名を連ねてしまう、飲んだくれのろくでなし、<br /><br />伯爵令嬢オリヴィアの叔父、サー・トービーは、<br /><br />髪型も髪型だったが、衣装も衣装だった・・・<br /><br />ヨーロピアンメタルテイスト満載の胸飾りヒラヒラのドレスシャツは、<br /><br />プリンスなＫ原には良く似合うが、その上着はどうしたもんか。<br /><br /><span style="color:#ff0000">紅白の市松模様</span>を見た瞬間、<br /><br />なんだか、いろんなことにあきらめのついた平和堂であった。<br /><br />わかりました、王子。<br /><br />その路線で行くわけですね。<br /><br />あなたがそのお覚悟ならば、御供仕りましょう、<br /><br />天国入り口までも、地獄真っ逆さままでも。<br /><br /><br /><br />だが、そうやって開き直ってみると、<br /><br />サー・トービーの世界観が、ざっと音を立てて眼前に広がり、<br /><br />一度に理解できてしまったのだ。<br /><br />この人は、酩酊状態で世界を見ている。<br /><br />泥酔まではいかない、そこまでいってしまってたら芝居にならない。<br /><br />常時、躁状態の、アル中オヤジ。<br /><br />「飲んだくれ」サー・トービー、と枕詞はついていても、<br /><br />意外に、そこを見落としがちなのだ。<br /><br />現に、Ｆ戸のサー・トービーは、全然、酔っ払ってなかった、<br /><br />素面も素面、一滴も酒が入っていない。<br /><br />当たり前のことだが、サー・トービーは酔っ払っている。<br /><br />彼の目には、いろんなものが歪んで見え、<span style="color:#ff00ff">バラ色</span>に見え、<br /><br />はしゃぎ始めると自分でも止められないし、わけもなく楽しい。<br /><br />騒ぎを起こしたい。<br /><br />だが、ただそれだけだ。<br /><br />話の筋には関係なく、馬鹿騒ぎを繰り広げ、<br /><br />マライアの物語の進行上決定的な心無いいたずらの動機となり、<br /><br />サー・アンドルーの無謀な決闘のけしかけ役となり、<br /><br />事件や変化を起こす人々の陰の立役者とはなっても、<br /><br />決して表に出てきて何かを引き起こしたり、心理的葛藤を乗り越えたりはせず、<br /><br />ひたすら、物語の傍観者であり続ける存在。<br /><br />その象徴として、彼の身の上に重要な出来事は、全て舞台裏で起こる。<br /><br />頭をかち割られる大怪我も、マライアとの結婚も。<br /><br /><br /><br /><span style="color:#ff0000">天然酔っ払い</span>のこのキャラを、α、βと比較して見たときに、<br /><br />初めて、この役が、どれだけこの芝居全体のムードに影響を与えるかを痛感した。<br /><br />当初、シングルキャストで決まっていたＦ戸には悪いが、<br /><br />Ｋ原のサー・トービーを見てしまったら、<br /><br />そのあと、どんなサー・トービーを持ってこられても、納得できない。<br /><br />Ｆ戸の髪型が「ふつう」なのに、<br /><br />もうその時点でガッカリしてしまうのだからどうしようもない。<br /><br />なあんだ、じゃないだろう、平和堂。<br /><br />Ｆ戸のあれで「ふつう」なんだよ。<br /><br />王子の髪型がどうかしてるんだって！<br /><br />――そう自分で自分に突っ込んでみても、もう、こうなると、<br /><br />サー・トービーの髪型は、ああじゃないと嘘だ、<br /><br />あの髪型とあの市松模様こそが、サー・トービーの形象の唯一無二のありようだ、<br /><br />とまで思えてくるのだから始末に負えない。<br /><br /><br /><br />αをマチネで、βをソワレで、１日で鑑賞してしまって、<br /><br />正直、最初は、αキャストを、ちょっとふざけすぎ、いくらなんでも悪ノリしすぎかな、<br /><br />と、思わないでもなかった。<br /><br />だが、βを見てから思い返すと、やはり、どう考えてもαの印象が強く残り、<br /><br />結局、こっちだけリピートしてしまったのだった。<br /><br />αはベテラン陣がメイン、βは若手がメインと、決定的な差異はあったものの、<br /><br />シングルキャストの顔ぶれが同じである以上、<br /><br />この印象の差を生み出したのは、ダブルキャストの責任に追うところが大きい。<br /><br />そして、αキャストの軽妙さ、ブッ飛び感、はっちゃけ感をリードしていたのは、<br /><br />やはり、主にＫ原の芝居の明るさだったのではないかと、つくづく見比べて思った。<br /><br />サー・トービーと絡むサー・アンドルーも、Ｆ戸の相手のときのほうが、<br /><br />自分が引っ張らねば！的な気負いとか突っ走り感があった。<br /><br />それがまた<span style="color:#6600ff">イタい</span>んだ、イル・青木だけに＾＾；<br /><br />Ｋ原の相手のときは、どこかでより懐の大きい相手に委ねていて、<br /><br />頑張り過ぎてない感じが、むしろ良かった。<br /><br />平和堂は見られなかったが、<br /><br />千秋楽、サー・アンドルーが「早口言葉」を言えなくて<br /><br />（「得意」のはずなのに＾＾；大きな課題だねえ、<br /><br />舌が長すぎて舌っ足らずの青木君・・・）、<br /><br />いきなりサー・トービーに振り、<br /><br />振られたＫ原が見事にやってのけて満場喝采で収めたとか。<br /><br />おさすがでございます、王子。<br /><br />キメるところはキメる。<br /><br />当たり前とはいえ、見上げた<span style="color:#ff0000">役者魂</span>ですわ。<br /><br />青木・・・君は<span style="color:#6600ff">始末書モノ</span>だな－－；<br /><br /><br /><br />ちなみに、イル・青木は、三馬鹿の歌の稽古のとき、<br /><br />しょっぱなに、王子に、「<span style="color:#ff0000">お前に任せたから</span>」と言われて、<br /><br />え～、先輩の尻馬に乗っかってりゃいいと思ってたのに、<br /><br />みたいなことを思ったと言っていた。<br /><br />殿下・・・この男の歌を、聴いたうえでの、その爆弾発言ですかい・・・？＾＾；<br /><br />しまいには、ヨシキとＳ世にまで、<span style="color:#ff0000">お前に全部任せた</span>、とか言われてた。<br /><br />いや、先輩方、ご冗談でしょうけど、この男に「全部」任せるなんて、<br /><br />そんな危険なことを仰っちゃあ・・・＾＾；<br /><br />どこへ持っていかれるかわかったもんじゃありませんぜ、旦那方。<br /><br /><br /><br />そんなイル・青木にとっては、どっちがやりやすかったのかはわからないが、<br /><br />見ていて安定感があったのは圧倒的にα。<br /><br />βのほうが青木が弾けてた、という部分は確かにあるが、<br /><br />何でもいいから弾けてりゃいい、っていうもんでもない。<br /><br />βは、突出した誰かや誰かがそれぞれの部分部分で爆発的に弾けていて、<br /><br />全体のテンションは低め設定、なんつうか、バランス悪いんだよ。<br /><br />マツシンも関戸もＦ戸も、まじめ！まじめすぎるの！<br /><br />そのうえ、Ｋ本フェステが、舞台を哀愁方面に引っ張りがちだから、<br /><br />見ていて湿っぽくなるんだな・・・<br /><br />そんな中で、ハイテンションのオイケンや青木が、どうしても浮き上がる。<br /><br />そういう意味では、全体的にはっちゃけムードで調和の取れていたαキャストは、<br /><br />やはり、安心して見ていられた分だけポイント高い。<br /><br />Ｋ原を中心に、まとまりがあったのが大きな要因だった。<br /><br />Ｋ原の明るさが、芝居全体のトーンに大きく影響を与えていた。<br /><br />ことほどさように、サー・トービーとは、<br /><br />芝居のベースカラーと言うか、トーンを決定する役なのだ。<br /><br />物語の進行には関係のない役で、<br /><br />お祭り騒ぎの馬鹿馬鹿しさ、祝祭感、から騒ぎの空虚な賑わしさ、<br /><br />といった、土台を作る役だ。<br /><br />βチームでＦ戸のサー・トービーを見て、この役がこういうカラーを出したら、<br /><br />芝居全体がどうトーン（ぶっちゃけ）ダウンするかを見届けてしまうと、<br /><br />Ｋ原が、どれだけ舞台を引っ張っていたかが、ひしひしわかる。<br /><br />サー・トービーは、もとより、芝居の主役ではない。<br /><br />だから、Ｋ原は、それなりに抑える。<br /><br />あの人が全力全開してぶっちぎったら、一人で芝居を持ってってしまうもの・・・＾＾；<br /><br />主役でも、物語の進行上決定的な行動を起こす役でもないからと、<br /><br />抑えるだけ抑えてこの影響力だよ、<strong><span style="color:#ff0000">どんな役者やねん、Ｋ原Ｈ夫・・・＾＾；</span></strong><br /><br />これだけの影響力を持ちながら、<br /><br />主役を食うとか、狂言回し的な人物よりも自分のほうに目を引くとか、<br /><br />そういう邪魔な芝居を絶対にしない。<br /><br />この絶妙のパワーのセーブ加減を、<br /><br />この人が考えに考えて計算しつくして過たず打ち出した・・・ようには、<br /><br />私には、どうしても見えないのだ。<br /><br />カンでやってるでしょ、アンタ・・・＾＾；<br /><br />「フフフ・・・<span style="color:#ff0000">本能</span>で演じている・・・やはりこの子は天才だわ」<br /><br />「恐ろしい子・・・！」<br /><br />舞台袖で、月影千草が不気味に微笑み、<br /><br />姫川亜弓が顔半分にタテ線入れているのが、目に見えるようでございます。<br /><br />や、月影先生、それを言うなら、演技の勘、芝居のセンス＾＾；<br /><br />人間には、生存本能とか、帰属本能とかは備わっていますが、<br /><br />「<span style="color:#ff0000">演劇の本能</span>」は、ふつう、デフォルトでは備わっていないと思います。<br /><br />Ｋ原のすごいところは、これだけの計算を、勘でやってる、<br /><br />少なくとも勘でやってるように見せる、<br /><br />ナチュラルでライトな身のこなし、台詞回し、その佇まいの涼やかさの中にある。<br /><br />あれだけ動きのある芝居で、<span style="color:#ff0000">不惑も過ぎて</span>、<br /><br />若手に混じってドタバタやりながら、汗ひとつかかないで飄々とねえ。<br /><br />あれで、滴る汗のひとつも見せられたら、一気に重くなるんだよ、<br /><br />体力とのタタカイが、切実に垣間見えて。<br /><br />息切れは、まあ、芝居のうちさね、それでも動きには鈍さはなかった。<br /><br />楽日までもったのかどうか、そこは見ていないから知らないのだが。<br /><br /><br /><br />そして、平和堂はようやく知った。<br /><br />なんでこの人にこんなにも惹かれるのか、自分がこの人のどこをそんなに好きなのか。<br /><br />ひとえに、その芝居の明るさにあったのだなあ、と。<br /><br />今回の役のように、悩みもなくブッ飛んでいれば明るい、というものではない。<br /><br />この人の芝居には、グリンジャをやっても、ドラキュラ伯爵をやっても、<br /><br />ベースカラーとしての明るいトーンがある。<br /><br />（客演舞台だが）室町みたいな追い詰められた深刻な役をやってさえ、<br /><br />地の色が決して陰気臭くない。<br /><br />そうだった、私は、歌舞伎を見ても能を見ても、<br /><br />そういう役者にアンテナが働く性質だったのだ。<br /><br />歌舞伎俳優・中村京紫。能楽師・Ｏ西Ｆ久。<br /><br />上品で、鷹揚な明るさのある、お姫様・王子様・お嬢様・お坊ちゃまキャラ。<br /><br />そっか～、そもそもの大好物に、Ｋ原Ｈ夫の芝居が、マトモにヒットしていたんだ。<br /><br />「王子」とはよくしたり。<br /><br /><span style="font-size:large;">ビバ、<span style="color:#ff0000">プリンス笠原</span>、無冠の<span style="color:#ff0000">天然王子</span>。</span><br /><br /><br /><br />ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅ公演「十二夜」個人的趣味に徹した感想「帰ってきたかさはラマン」５に、王子マンセーはまだまだ続く。<br />褒め足りないんだよ、褒めさせてくれよ、１年ぶりの舞台なんだからさ；；<br />言葉の続く限り、重箱の隅をつつくよーに、針小棒大に、気の済むまで褒めさせてくれ。</span></span> ]]>
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<dc:subject>舞台・映画鑑賞記録</dc:subject>
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<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
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<title>ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅ公演「十二夜」個人的趣味に徹した感想「帰ってきたかさはラマン」３</title>
<description> 道化フェステは、どちらも独特の個性と味わいがあり、甲乙付けがたし。結論から言うと、どっちもアリ。シェイクスピア劇において、「フール」という役は格別の意味を持つものなので、平和堂は、この度、この役に、この格の役者をキャスティングしたことは、道理の上にも道理、しかるべき配役、まさに、「こうでなくてはならん」とも言うべき、必然であったと思う。ほんに、これだけは、他の役者であってはならんよ。キング山のフ
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<![CDATA[ <span style="color:#66cc33"><span style="font-size:x-small;">道化フェステは、どちらも独特の個性と味わいがあり、甲乙付けがたし。<br /><br />結論から言うと、どっちもアリ。<br /><br />シェイクスピア劇において、「フール」という役は格別の意味を持つものなので、<br /><br />平和堂は、この度、この役に、この格の役者をキャスティングしたことは、<br /><br />道理の上にも道理、しかるべき配役、<br /><br />まさに、「こうでなくてはならん」とも言うべき、必然であったと思う。<br /><br />ほんに、これだけは、他の役者であってはならんよ。<br /><br />キング山のフェステは隻手、Ｋ本のは傴僂という、それぞれの表現をとっていた。<br /><br />キングのフェステにはアイロニーがあり、Ｋ本のにはペーソスがあった。<br /><br />両者とも劣らぬ芸達者でもあり、<span style="color:#ff0000">芝居の濃さ</span>ではキングがＫ本を凌ぐが、<br /><br />Ｋ本のじわり滲み出る哀愁には、<br /><br />何もわざわざ若い子に「人生、人生」と声を振り絞って歌わせなくても、<br /><br /><span style="color:#ff0000">背中で語れる男</span>がいるじゃあござんせんか、と、<br /><br />何かしら真摯なものを感じさせられてしまう。<br /><br />いや、もう、いいなあ、テツさん。<br /><br />深い・・・深いよなあ。<br /><br />旨みのある役者だ。<br /><br />うんと若い頃の芝居を見てみたかった。<br /><br />芝居が芝居臭くて何が悪い、だって芝居なんだろうが！と開き直れる強い芝居を、<br /><br />いまどき、ここまで強気で打ち出せる役者もそうはいないよ、<br /><br />と妙に納得させられる、俳優の中の俳優といえば、<br /><br /><span style="color:#ff0000">キング山</span>の右に出るものはなかろう。<br /><br />歌ったり踊ったりしてるときの表情がいいな、キングは。<br /><br />（テツさんも、リフトされたときはちょっと嬉しそうだったけど＾＾）<br /><br />平和堂は、この人が、もともと二枚目俳優だったというところがスゴイと思うのだ。<br /><br />テツさんのようにバイプレイヤーとして名優路線を行く人もあり、<br /><br />キングのように<span style="color:#6600ff">主役級美青年俳優</span>からここまで演技の幅を広げる人もいる。<br /><br />「死の泉」のクラウスのときは、<br /><br />往年の二枚目路線が邪魔をしてイマイチ狂気に浸りきれないのかな、<br /><br />と思う節があったが、<br /><br />軽みを出させて成功した今回のフェステは当たり役。<br /><br />この人の芝居、大好物ですね、平和堂。<br /><br />実は、ひそかに「リカ」も見に行ったんです。<br /><br />休日のない日程の中、どうしてもＫ斐Ｍ彦バージョンとの両立ならず、<br /><br />選択を迫られて、キングを選びました。<br /><br />それくらい好きです。<br /><br /><br /><br />マライアは、これもまた、結論から言うと、どっちもアリ。<br /><br />Ｉ飛マライアは、たぶん、醜女の自覚があって、<br /><br />自分なんかサー・トービーには不釣合いと、一歩も二歩も退いてる女なんだろうな。<br /><br />遠慮があり、初々しさがあり、恋の恥じらいがあり、女らしさがあり、<br /><br />純情で、一途で、可愛いマライアだった。<br /><br />あんなごつい人が、ああいう可愛げのある女を演れることが、平和堂には驚愕です。<br /><br />てゆーか、ああいう女の芝居を見せられると、<br /><br />自分が、今まで女として真剣に生きてきたのかな、と反省させられますね。<br /><br />平和堂より微妙に若いＩ飛に、一抹の嫉妬を覚えます。<br /><br />私より圧倒的にいい女だ、この人。<br /><br />その点、林マライアは、なまじ美人なのでしょう、自分の容姿に自信もある。<br /><br />こんなにイイ女が傍にいるのに、どうして振り向いてくれないの、<br /><br />なんで私の気持ちに気付かないの（気付いてて無視してるんだけどね）、<br /><br />と苛立っている、勝気な女。<br /><br />いかにも頭がキレそうなのはこっちね。<br /><br />強烈な個性、強い印象。<br /><br />毒気があり、気働きがあり、小回りが利き、回転が速く、小生意気でうるさ型。<br /><br />戯曲のマライアは小女という設定だから、<br /><br />本来は林マライアのほうが当たってるんでしょう、<br /><br />Ｉ飛マライアは反則技なんだろうね。<br /><br /><br /><br />歌はどちらも抜群。<br /><br />オーベロン王のような低音のときとは違う、張りのある声で、<br /><br />しっかり歌う本格派Ｉ飛と、<br /><br />技術で聴かせる歌唱力派の林。<br /><br />歌の話になると耳の痛い人が<span style="color:#ff0000">約一名</span>いるが、<br /><br />実際、これくらい歌える役者ばかりだと、音楽劇にする意味もあるわな。<br /><br /><br /><br />音楽劇と銘打ったからには、覚悟はあろうな、●タジオラ●フ。<br /><br />真正面から客に音楽を売ったのだからな、賛否両論、まじめに聞け。<br /><br />平和堂は言うぞ、遠慮なく言うぞ、ハッキリ言うぞ、歯に衣着せずに言うぞ、<br /><br />ズケズケ言うぞ、くどくど言うぞ。<br /><br />もうええがな、わかったがな、苛めんといてえな、と泣きが入っても、<br /><br />しつこく絡むぞ、まだ言うか、というくらい言うぞ、とことん言うぞ。<br /><br /><br /><br />歌唱力派と言うなら、ヨシキもそっち系。<br /><br />技術的に上手い。つか、上手く聴かせる力量がある。<br /><br />息を引いて歌う歌い方で、きわめてクラシカル、謡曲の謡い方に近いよ。<br /><br />唇の前に置いた蝋燭の火を消さない、っていう、あれ。<br /><br />「女」のままで、台詞と似た歌い方をする。<br /><br />「見ｓｈｉらぬ～異国に～ｈｉとりさまようたｖｉｄｇｉの果て～」<br /><br />発音が特殊なんだよね、歯を食いしばって歌うからさ＾＾<br /><br />確かな音程で、絶対に狂いがないし。<br /><br />安定した息の量で、着実に一音一音歌い上げるし。<br /><br />慣れてるな～という感じ。<br /><br /><br /><br />真逆の歌い方をして、地声そのものがいいので聴き応えがあるのは奥田。<br /><br />まっすぐ息を吐いて歌う歌い方。<br /><br />一番、筋がいいと思う。<br /><br />ごまかしがない。<br /><br />Ｓ世も、せめてこれくらい声量があれば、音域によってはまだ聴けるのだろうに、<br /><br />決定的に声量がないものな・・・<br /><br />あっ、でも、いいから、いいから！<br /><br />もう、彼は無罪が確定しているので、判決が翻ることはないのである。<br /><br /><br /><br />アイドル歌手路線の歌が<span style="color:#ff0000">超</span>可愛かった、恋するオリヴィアのテーマ。<br /><br />エコーが聞き苦しかったが、楽曲としての完成度が高いし、振り付けも可愛い。<br /><br />ところで、両オリヴィアが歌わなかったというのは、<br /><br />これは、つまり、<span style="color:#ff0000">よっぽど</span>だということですか？<br /><br />Ｓ世に<span style="color:#ff0000">さえ</span>歌わせたのに、<span style="color:#ff0000">しかも２曲も</span>だよ、<br /><br />Ｆ見とオイケンには歌わせない、というのは、<br /><br />彼らは、<span style="color:#ff0000">ジャイアン以下</span>だという意味に解釈してよろしいのですか？<br /><br />そうですか、それなら、それはそれでいいかと思います。<br /><br />むしろ、そうでなきゃいかんでしょう。<br /><br />歌えない役者に無理やり歌わせるこたないんです、商業演劇なんですから。<br /><br />歌える役者が歌やいいんです。<br /><br /><br /><br />マツシンが、<br /><br />「倉田さんは、僕らに上手く歌うことを要求してるんじゃないと思うんですよね。<br /><br />役の心で歌えばいいと、そういうことだと思います」<br /><br />とかなんとか言っていたが、平和堂はあえて苦言を呈そう。<br /><br />甘ったれたことを言ってるんじゃない、いつまで新人のつもりなんだ、君は。<br /><br />倉田さんの要求はどうだか知らないが、<br /><br />客は、少なくとも聴ける歌を要求してるぞ、消費者として。<br /><br />下手でもいいよね、心がこもっていれば、と言うのは、<br /><br />学芸会を見に来るお母さんたちには言えても、<br /><br />チケットを買って芝居を見に来るお客様には言えない言葉だ、<br /><br />そこんとこ、わかっとるのかね、君は。<br /><br />いや、アンタ個人は、可もなく不可もなくだった。<br /><br />最近、ジュニ７は、音楽ユニット雪月花をやってる関係で、<br /><br />歌には力を入れてるんだろう、そういうことが伝わってくるだけのものではあった。<br /><br />（現に、関戸なんか、意外なほど上手かったもんな！<br /><br />これは株が上がったよ、ポイント高かった）<br /><br />だから、アンタの歌そのものをどうのこうの言うつもりはないが、<br /><br />オバチャンが引っかかっているのは、その<span style="color:#6600ff">甘えんぼ根性発言</span>だ。<br /><br />そういう心構えは感心できない。<br /><br />君なあ、もう、大人の役者にならなあかん年やろう。<br /><br />「ＬＩＬＩＥＳ」の急成長はなんやったんや？<br /><br /><br /><br />音楽劇と銘打って芝居を売るからには、商品として通用する歌を提供してください。<br /><br />それができないのなら、あえて歌う必要はないんです、君ら、四季じゃないんだから。<br /><br />人前で歌うことを恥ずかしいと思わないカラオケ世代の役者諸君は、<br /><br />そりゃ、気持ち良く歌っていい気分かもしれないが、<br /><br />それが下手だったら、付き合わされるこっちはたまんないよ。<br /><br />そのどうでもいい歌、さっさとはしょって、早く、芝居の筋、進めてよ、<br /><br />って言いたくもなりますよ。<br /><br />新人や若手の、演技のマズさ、拙さには、客は、ナンボでも付き合うよ。<br /><br />それごと舞台を買ってるのだから。<br /><br />でも、歌劇団でもないアンタらの、拙い歌に付き合う義理はない。<br /><br />歌の分、チケットを割引してもらわなければならなくなる。<br /><br />少なくとも、エコーかけないで歌える程度には、<br /><br />あの目障りなマイク装着しないで生声で聞かせられる程度には、<br /><br />歌えてもらいたい。<br /><br /><br /><br />歌のことを言い始めたから、ついでに言ってしまおう。<br /><br />マルヴォーリオ役で客演のＧ大は<span style="color:#ff0000">職人</span>。<br /><br />だから、歌えと言われたら歌う、完璧に。<br /><br />要求されたことは要求されたとおりに、いや、それ以上にこなす。<br /><br />ベートーベンもどきも、ムード歌謡も、実にすばらしかった。<br /><br />ただ、無意味に長かった－－；<br /><br />客演だから、出番を増やすとかの配慮や、契約上の事情もあったのかなあ。<br /><br />記号としての歌は、ワンコーラスでわかるから、あんなに長々歌わせなくていい。<br /><br />振り付けもつまんないし。<br /><br />「男の純情」のときの周囲の人々の右往左往も、一度や二度なら笑えるが、<br /><br />ドドドド～、ドドドド～、しまいにはキリキリ舞い、とか、<br /><br />なんかもう、<span style="color:#ff0000">ドリフ</span>か<span style="color:#ff0000">藤山寛美</span>見てるみたいで、<br /><br />自分がどこの劇場にいて何見に来たのかわからなくなるから。<br /><br />どっちの歌も、ものすごいテンションで歌うから、<br /><br />短時間でパッと終わればインパクトが強いが、<br /><br />ああ長々やられると痛々しさのほうが印象に残る。<br /><br />あれを毎日やってるのねえ、ひどい日はマチソワで２回・・・<br /><br /><br /><br />なにげに良かったのは、ハトまたはスズメのコーラス隊。<br /><br />ハトはＨ勇輔の歌唱力がモノを言ったと見る。<br /><br />スズメは雪月花６分の４だよね。<br /><br />だから、うん、合唱はいいんだってば。<br /><br /><span style="color:#ff0000">問題はソロ</span>だよ。<br /><br />歌える役者と歌えない役者の開きが大きすぎる。<br /><br />もうちょっとなんとかやりようはないのか。<br /><br />課題は満載である。<br /><br /><br /><br />ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅ公演「十二夜」個人的趣味に徹した感想「帰ってきたかさはラマン」４<br />に続く。</span></span> ]]>
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<dc:subject>舞台・映画鑑賞記録</dc:subject>
<dc:date>2009-11-18T03:23:56+09:00</dc:date>
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<title>ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅ公演「十二夜」個人的趣味に徹した感想「帰ってきたかさはラマン」２</title>
<description> テーマソングの、「人生は雨と風」は、フレーズの取りにくい曲、でも、素直な盛り上がり感がいい。フェステの登場、独唱から、徐々に「人々」が集まり、合唱になっていく。さすがに男声の多重合唱は力強く聞き応えあり。イル・青木は、さすがに仮にもシンガーだけに、上手いとか下手とかは別にして、自分が引っ張るんだ感丸出しで、情感をこめ、大きく口を開けてしっかりと自信を持って歌っている。その後方に控えた、この男前は誰
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<![CDATA[ <span style="color:#66cc33"><span style="font-size:x-small;">テーマソングの、「人生は雨と風」は、フレーズの取りにくい曲、<br /><br />でも、素直な盛り上がり感がいい。<br /><br />フェステの登場、独唱から、徐々に「人々」が集まり、合唱になっていく。<br /><br />さすがに男声の多重合唱は力強く聞き応えあり。<br /><br />イル・青木は、さすがに仮にもシンガーだけに、上手いとか下手とかは別にして、<br /><br />自分が引っ張るんだ感丸出しで、情感をこめ、<br /><br />大きく口を開けてしっかりと自信を持って歌っている。<br /><br />その後方に控えた、この<span style="color:#ff0000">男前</span>は誰だ？<br /><br />つか、<span style="color:#6600ff">なんだ、その髪型</span>・・・－－；<br /><br />ソフトリーゼント？<br /><br />どういうセンスをしていれば、今時、そのヘアスタイルで公共の場に出られるんだ？<br /><br />喜劇芝居とはいえ、なんぼなんでも。<br /><br />と思いきや、あなた、良く見りゃ王子・・・－－；<br /><br />お、お懐かしい；；<br /><br />それにしても、いかがなされたのです、殿下、そのおぐしは・・・＾＾；<br /><br />楽屋でボヤか何か・・・<br /><br />それを言うなら、このあと登場するヴァイオラなんか、<br /><br />ハコ入りする前、どこで爆発事故に巻き込まれてきたんだろうか、と、<br /><br />まじめに心配したくなるようなものすごいパーマヘア、<br /><br />戦後の焼け跡のバラックにこういう女が毎晩立っていたんだねえ；；と<br /><br />目頭も熱くなりましたがね。<br /><br />のっけから、<span style="color:#ff0000">ものすごいヘアスタイル</span>でいきなり度肝を抜いてくれた王子でしたが、<br /><br />曲の盛り上がりにしたがって、幾分遠慮がちな握りこぶしも初々しく、<br /><br />お口の開きが小さいように思われるのは、<br /><br /><span style="color:#ff0000">歌に自信がない</span>からなのか、それとも、<span style="color:#ff0000">東北人</span>だからなのでしょうか、<br /><br />どっち？どっちなの、殿下。<br /><br />歌と踊りは苦手＾＾；との仰せでしたが、いやいやなかなかどうして、<br /><br />楽しそうに踊っておいでだ、さすがプロ根性。<br /><br />フェステをリフトするのは、キングのときもテツさんのときも、王子と坂本Ｇ大。<br /><br />ま、でかい人が担ぐわな、そら＾＾；<br /><br />大ちゃんが出てない以上、<span style="color:#ff0000">客演なのに重労働</span>、の、<br /><br />坂本氏が担ぐよりほかないでしょう。<br /><br />楽日まで頑張ってください；；<br /><br />王子殿下にとっては、●骨に鞭打ってのハードな芝居の幕開けを飾る、<br /><br />まさに腹をくくる一瞬かと存じます・・・；；<br /><br />お体、おいといくださいませ。<br /><br /><br /><br />ダンスは、フルバのときのような、いかにも現代風の若向けな振り付けとは違う。<br /><br />ナニ系とか、ダンスの分類や流儀はさっぱりわからないのだが、私は。<br /><br />ちょっと懐かしい感じのする群舞。<br /><br />体がリズムに乗っていれば良く、<br /><br />キレとかシャープさとかはあんまり必要でない踊りに見えた。<br /><br />まあ、腰ひとつ振るにしても、そりゃ、キレたほうが見栄えはいいでしょうけどね。<br /><br />キレてなきゃないで、だからって見られないってこたあないな、と。<br /><br />ヨシキがこの群舞に入っていないのは、<br /><br />αは、この直後、例の<span style="color:#ff0000">バクハツ頭</span>でヴァイオラとして出なければならないから、<br /><br />というのはわかるんだけれども、<br /><br />βも出ないというのは・・・<br /><br />彼のダンスは<span style="color:#ff0000">別料金</span>だから、なのだろうか、とまで勘繰ってしまった。<br /><br />いっぺん、本格的に踊ってるとこ、見てみたいわあ。<br /><br /><br /><br />戯曲にはない「嵐」の場面が、あえて表現されているのは、<br /><br />倉田女史は、あそこを見せたかったんだよねえ。<br /><br />ん～～、何を？<br /><br />ヴァイオラとセバスチャンの今生の別れを？<br /><br />兄妹の絆の強さを？<br /><br />まさか、ヴァイオラが<span style="color:#ff0000">バクハツヘアー</span>になってしまった経緯を！？<br /><br />（嵐で吹き乱れたらしいわね・・・<span style="color:#ff0000">爆弾テロ</span>じゃなかったのね）<br /><br />どっちにしても、それでなくても無駄に長い一幕を、より長くし、<br /><br />それでなくても無駄にドタバタする一幕を、よりドタバタにする、<br /><br />この「嵐」の描写は、やっぱり要らんと、私は思うな。<br /><br />状況説明が足らんと思うなら、ヴァイオラとセバスチャンの台詞で、<br /><br />なんぼなと補うたらええやん。<br /><br />台詞をあんまり走らんと、ゆっくり、船長やアントーニオとのやり取りの中で、<br /><br />ちゃんと観客に飲み込めるように、説明したったらええことやないの。<br /><br />船員の衣装代だけでも浮いたら、他に予算回せるやん。<br /><br />読みが浅かったらすんまへん、倉田女史。<br /><br />ただ、まあ、身体表現の技術は、確かに見ものやったけど。<br /><br />あの引っ張られ感。揉まれ感。<br /><br />「マージナル」のときの「海」のシーンより、よっぽど良かった。<br /><br /><br /><br />ヴァイオラの衣装は、<span style="color:#6600ff">林家パー子師匠</span>からじきじきにお借りしたとのこと（<span style="color:#ff0000">嘘</span>）。<br /><br />いや、「<span style="color:#ff0000">嘘</span>」って断っとかんと、本気にする人続出、と思われる衣装やったもんで、<br /><br />あえて。<br /><br />この衣装を、ちょっとでも長く見せるための措置か？「嵐」。<br /><br />シェイクスピア喜劇の衣装のコンセプトは、<br /><br />なぜか、サイケデリック！で行くことにしているらしいこの劇団。<br /><br />今回もまた、「夏夜」の妖精界を髣髴とさせる、どーゆー色彩感覚なの、それ、<br /><br />という奇抜なデザインのお召し物でしたこと。<br /><br />オーシーノ公爵、あなたまで・・・－－；<br /><br />なんです、その<span style="color:#cc00ff">紫のキンキラキン</span>。<br /><br />しかも、それが似合っててどうする、Ｓ世・・・<br /><br />そういうのが似合うとなると、それはそれで問題じゃないのかなあ・・・<br /><br /><br /><br />それはそれとして、その<span style="color:#cc00ff">パープルキンキラキン</span>がどうでもよくなるほどの、<br /><br />衝撃の真実が！<br /><br />音楽をこよなく愛するオーシーノ公爵は、<br /><br />ご自身は、<span style="color:#ff0000"><span style="font-size:large;">音痴</span></span>であらせられたのだったぅゎ！<br /><br />いあ～、びっくりしました。<br /><br />Ｓ世って・・・そうだったっけ？<br /><br />台詞語ってるときは、いい声なのに。<br /><br />「夏夜」のときは、ギリ聴けたのに。<br /><br />得意な音域ではないんだろうな、<br /><br />プレスリーのソロと、シザーリオとのデュオと、どっちもひどかった。<br /><br />声が出てないのはともかくとして、音程まで外すとは。<br /><br />目を・・・でなくて、耳を覆いたくなるほどの、<span style="color:#ff0000">ほとんどジャイアン状態</span>だったが、<br /><br />なんだか、この人の意外な弱点を発見したのが、むしろ嬉しかったのは、<br /><br />平和堂が屈折しているということ？<br /><br />折って畳んで裏返しの愛？<br /><br />なんだかね、もう、Ｓ世は<span style="color:#ff0000">音痴</span>でもいいかも、って思ってしまったの、本気で。<br /><br />だって、この人、オールマイティーすぎて気持ち悪かったんだもん。<br /><br />こんなところにウィークポイントがあったんだあ、って、<br /><br />なんか、逆に、愛嬌を感じたよ。<br /><br />何でもできる器用なＳ世、便利なＳ世、でも歌えないＳ世。<br /><br />「いいじゃねえか、<span style="color:#ff0000">音痴</span>な公爵で。<br /><br />なんも悪くねえじゃん。<br /><br />歌ってみろ、<span style="color:#ff0000">音痴</span>。<br /><br />そこんとこもう一回！<br /><br />（「ガマ王子ＶＳザリガニ魔人」、王子扮する室町を励ます看護婦光岡の台詞）」<br /><br />判決。<br /><br /><span style="font-size:large;">Ｓ世の<span style="color:#ff0000">音痴</span>は<span style="color:#6600ff">無罪</span>。</span><br /><br /><br /><br />ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅ公演「十二夜」個人的趣味に徹した感想「帰ってきたかさはラマン」３<br />に続く。</span></span> ]]>
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<dc:subject>舞台・映画鑑賞記録</dc:subject>
<dc:date>2009-11-16T21:32:50+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅ公演「十二夜」個人的趣味に徹した感想「帰ってきたかさはラマン」１</title>
<description> パ～～～～～、パパラ～パ～ッパパ～～～～～～～～、パ～～～～～、パパラ～パ～ッパラパ～～～～、タタンタ～ンタ～タ♪君ーにも、見え～ぇる、か～さはラの、ほ、し～～♪ハイ、音楽劇ですからね。感想を書くほうも、のっけから鳴り物入りで対抗してみました。平和堂書店の実年齢が、ここへきて明らかになってしまいますね。ええ、そうですね、こういう歌が、フルコーラス、ハモり入りで歌えてしまう世代、何を隠しましょう、これ
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<![CDATA[ <span style="color:#33cc00"><span style="font-size:x-small;">パ～～～～～、パパラ～パ～ッパパ～～～～～～～～、<br /><br />パ～～～～～、パパラ～パ～ッパラパ～～～～、<br /><br />タタンタ～ンタ～タ♪<br /><br />君ーにも、見え～ぇる、か～さはラの、ほ、し～～♪<br /><br /><br /><br />ハイ、音楽劇ですからね。<br /><br />感想を書くほうも、のっけから鳴り物入りで対抗してみました。<br /><br />平和堂書店の実年齢が、ここへきて明らかになってしまいますね。<br /><br />ええ、そうですね、こういう歌が、フルコーラス、ハモり入りで歌えてしまう世代、<br /><br />何を隠しましょう、これから書く感想文中、最も話題に上る頻度の高い、<br /><br />「<span style="color:#ff0000">アノ人</span>」とタメです。<br /><br /><span style="color:#ff0000">アノ人</span>が、平和堂より年上でも年下でもなくて良かった。<br /><br />なんでと言われても説明はつきませんが、なぜかどうしてもそう思うのです。<br /><br />それでも、強いて言えば、上からでも下からでもなく、まっすぐな視線で、<br /><br />役者としての彼を鑑賞者として評価できるから、なのかな。<br /><br />いや、この世で一番好きな俳優、と言える彼と、<br /><br />共通点が一つでもあるというだけで嬉しい、それだけかもしれません。<br /><br /><br /><br />チーム名は、いつもの、凝ったのがいいな。<br /><br />ちょっと変わった喫茶店やバーで、<br /><br />口に出して言うのが恥ずかしいようなケーキやカクテルの名前がついてるだしょ？<br /><br />ああいう感じ。<br /><br />「栗ひろい」とか、「草原の輝き」とかさ。<br /><br />「栗ひろいと、ダージリンティー、お願いします」って言えなくて、<br /><br />メニューを指差して、「ケーキは、これと～、ダージリン、レモンで」って言ってしまう、<br /><br />ほんで、店員は、一応、商品名で言わんとあかんことになってるので、<br /><br />「ハイ、かしこまりました、ケーキは、こちらの、栗ひらい、でございますね」<br /><br />とか言ってしまって、あんた関西やな、みたいなね。<br /><br />なんの話やねんな、だから、チーム名は凝ろうよ、<br /><br />それが、ライフ屋のカラーだったんじゃん。<br /><br />意味わかんないし、そもそも何語かもわかんないことも多々あったけど、<br /><br />照れながらも、ちょっと気に入ってたんだよ。<br /><br />ま、わかりやすくて話は早いがね、α、β。<br /><br />どうせギリシャ文字なら、ΘとかΔとかΩとかΣとかのほうが、<br /><br />せめて笑えるだけましやんか＾０＾<br /><br /><br /><br />当初の配役は、<br /><br />αチームが、<br /><br />ヴァイオラ　　　山本芳樹<br /><br />セバスチャン　奥田　努<br /><br />オリヴィア　　 舟見和利<br /><br />マライア　　 　石飛幸治<br /><br />フェステ　　　 山崎康一<br /><br /><br /><br />βチームが、<br /><br />ヴァイオラ　　 松本慎也<br /><br />セバスチャン　関戸博一<br /><br />オリヴィア　 　及川　健<br /><br />マライア　 　　林　勇輔<br /><br />フェステ　　 　倉本　徹<br /><br /><br /><br />あとはシングルキャスト、<br /><br />オーシーノ公爵　　曽世海司<br /><br />サー・トービー　　  船戸慎士<br /><br />サー・アンドルー　 青木隆敏<br /><br />フェイビアン　　   　藤原啓児<br /><br />アントーニオ　　  　牧島進一<br /><br />マルヴォーリオ　　坂本岳大<br /><br />船長・司祭　 　　　河内喜一郎<br /><br />だった。<br /><br /><br /><br />どちらもなかなか見ごたえのありそうなキャスティングだったので、<br /><br />今回は、両方とも先行予約を取っていたのだった。<br /><br /><br /><br />ところが、７月中旬、Ｍちゃんと一緒に、<br /><br />曽世の客演舞台「ＴＨＥＡＣＨＥＲＳ～職員室より愛をこめて～」を見に行った日、<br /><br />行きがけに自宅のポストから取ってきた劇団からの封筒を、電車内で開けて、<br /><br />平和堂は、危うく隣の見知らぬ乗客に、<br /><br />「ちょっと、これ見てよ、あんた！<br /><br />人間、何があっても、辛抱して生きてりゃ何かしらいいこともあるもんよ！」<br /><br />と叫んで抱きつくところだった。<br /><br />「<span style="color:#ff0000"><span style="font-size:large;">αチーム、サー・トービー役に、<br /><br />笠原浩夫、急遽出演決定</span></span>」。<br /><br />このアナウンスに、たとえ電車の車内とはいえ、狂喜乱舞せずにいられようか。<br /><br />そうだ、歌って踊ろう、<br /><br />パ～～～～～、パパラ～パ～ッパパ～～～～～～～～（<span style="color:#6600ff">冒頭に戻る</span>）。<br /><br />全国１千万のファン、迷える後輩たち、そして平和堂の個人的に熱烈な、<br /><br />「と～どろく叫びを耳にして（劇団経営陣の、でないことを切に願うばかりである）」、<br /><br />光の国からぼくらのために、<span style="color:#ff0000"><br /><br />帰ってきたのだ、我らがヒ（ー）ロオ・かさはラマンが！</span><br /><br />よぐけっでちだごだ～；；<br /><br />座布団、座布団。<br /><br />お茶、お茶。<br /><br />や、むしろこっちですかい、旦那（いきなり<span style="color:#ff0000">熱燗</span>！）。<br /><br /><br /><br />去年の９月の「マージナル」出演以来、<br /><br />ライフ本公演はおろか、どっこにも客演さえしていず、<br /><br />たまに出たかと思ったら、東京では受信できない関西圏のテレビ、<br /><br />「仕事する気あるのか、この人・・・」と、平和堂が心配で吐きそうになっていた、<br /><br /><span style="color:#ff0000">プリンス笠原</span>が、１年間の沈黙を破って、<br /><br />しかもホームグラウンド・ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅの本公演に出演とは、<br /><br />嬉しいじゃありませんか；；<br /><br />くくく・・・苦節１年、長かった、長かったねえ、<br /><br />うんうん、良く耐えた、ありがとう、みなさん、ありがとう<br /><br />（注：「苦節」していたのは平和堂。王子ではない）。<br /><br />お願い、もうＭ７８星雲には帰らないで、かさはラマン；；<br /><br />カラータイマーが消えても、<span style="color:#ff0000">不惑を過ぎて</span>も、<br /><br />あなたは<span style="color:#ff0000"><span style="font-size:large;">永遠のミスター・スタジオライフ</span></span>なのです。<br /><br /><br /><br />出所の確かでない噂によると、<br /><br />オイケン久々の本公演出演で、βチームのチケット売れゆき上々、αがサッパリ、<br /><br />そこで、急遽、大御所投入、<br /><br />今度はαキャストが瞬く間に完売、結局βが売れ残った、とかいう話。<br /><br />ま、さもありなん、尤もらしい噂ではある。<br /><br />それにしても、飲んだくれのろくでなし、サー・トービーときたか。<br /><br />往年のプリンス、堂々オーシーノ公爵を張る器の人が、<br /><br />三枚目に徹しての、この役どころ。<br /><br />素でやれるんちゃうん、とか、芝居要らんやん、まんまやん、とか、<br /><br />イロイロ思いますが、<br /><br />や、あのおメンで二枚目は、黙ってても張れるんです、<br /><br />あのカオで三枚目をやるから技術なんです。<br /><br />ちなみに、王子が一般的見地から言っての美形であるかどうかは、<br /><br />物議をかもすところ。<br /><br />平和堂とＭちゃんの間では、<br /><br />「王子は<span style="color:#ff0000">『奇面組』の零クンそっくり</span>だよね」<br /><br />で一致した見解に至っているが、<br /><br />二人とも当然の如く「一堂零クンは美形キャラでしょう！？」と認識しているので、<br /><br /><span style="color:#ff0000">王子＝美形</span>の等式には、なんらの破綻もない。<br /><br />蛇足ながら、平和堂とＭちゃんの間では、<br /><br />Ｆ見なんか「<span style="color:#ff0000">のび太</span>」呼ばわりである・・・＾＾；<br /><br /><br /><br />いいことばっかりは書かないし、ファンの人から検索されるといろいろとまずいので、<br /><br />この記事は、この後、伏字、通称の他、<br /><br />平和堂の周辺でしか用いられていない呼称で書くことにします＾＾；<br /><br /><br /><br />もう１００回くらい言いましたが、あらためて、<br /><br /><span style="color:#ff0000"><strong>文中、敬称略は、平和堂書店なりに役者諸氏に敬意を払うが故です。<br /><br />有名人は呼び捨てにすることこそが敬意の表現、<br /><br />さん付けはむしろ卑近に過ぎ馴れ馴れしいと考えております。<br /><br />ご了承ください。</strong></span><br /><br /><br /><br />音楽劇、ね・・・<br /><br />「夏夜」は、嫌いじゃなかった、正直。<br /><br />時代がかぶっちゃったからね・・・不覚にも、しみじみさせられてしまった。<br /><br />しょっぱなに、Ｄ．ボウイーをぶつけられちゃあね・・・<br /><br />ルベッツのドゥワップを、あの可愛い豆の精にやられちゃあね・・・<br /><br />「わ～たしは女王、す～てきな女王・・・」、<br /><br />ティターニア・林の艶姿が今も目に残るね。<br /><br />「カリフォルニア」は、激萎えだった。<br /><br />あれは、もう、音楽を入れる意味自体、わからない。生演奏に何の意味が・・・<br /><br />「フルバ」は、是か非か、唸った。<br /><br />結果的に、耳について残ってる歌ってものがあるからな・・・<br /><br />「い、つ、か～、どこ～か、わか～ら～な～いけ～ど、<br /><br />うんめ～いの、しゅんか～んが、おとず～れて、くるよ、か、ん～に・・・」<br /><br />総じて、合唱はアリ、独唱はナシ。<br /><br />でも、どれにしても、結局のところ、<br /><br />倉田女史の個人的なマイフェイバリット懐メロ大会に<br /><br />付き合わされている感は否めず、<br /><br />歌う役者はカラオケ並み、<br /><br />彼らに、替え歌、歌わせて、何がしたいんだよ、いったい・・・<br /><br />という苛立ちは、どうしても拭いきれなかったのだ。<br /><br /><br /><br />今回に限っては、ギリ許せた、音楽劇！<br /><br />オリジナルの楽曲で勝負、そういうことなら、こっちも聞く耳もつんだよ。<br /><br />どうせやるなら、こうやらなきゃでしょ。<br /><br />所詮、借り物の曲でどうのこうのしようって言うほうが、どだい、間違っているのだ。<br /><br />ちゃんと、プロの作曲家に、場面場面に合った曲調の曲を作ってもらって、<br /><br />そこへ倉田女史が詞を載っける、これなら納得だよ。<br /><br />’５０なら’５０、アイドルソングならアイドルソング、特撮主題歌調ならまたそれ、<br /><br />演歌・ムード歌謡調ならまたそれ、果てはクレイジーキャッツ調に至るまで、<br /><br />あらゆる楽曲の「典型」なるものを確実に書ける天才作曲家、と言えば、<br /><br />平和堂の知るかぎり、あのお方の右に出るものはない。<br /><br />その名は、<span style="color:#ff0000">山本正之御大</span>。<br /><br />こういう人が、こういう劇団に協力して曲を書いたら、<br /><br />いったいどういうことになったのだろうか、という、<br /><br />めちゃくちゃ無責任な野次馬根性はあるが、<br /><br />倉田女史は、このマエストロとは、ご面識がおありでないらしい、残念。<br /><br />で、音楽担当は、林有三氏。<br /><br />完成度の高い曲作りに満足。<br /><br />音楽は音楽に限って別個に評しようと思ったのだけど、<br /><br />うまく書き分ける自信がないので、もう、混ぜるわ。<br /><br /><br /><br />ただ、一言だけ先に。<br /><br />あの・・・倉田女史・・・<br /><br />詞に、「人生」「人生」って連呼するの、ヤメテ、恥ずかしいから・・・<br /><br />「人生稼業」とか、マジ、聴いててさえ顔から火が出ます。<br /><br />平和堂の価値概念として、こういうコトバを正面きって口に出すのに、照れがあります。<br /><br />みんな、平気なんですか・・・<br /><br />「人生」経験を積んで、オトナになったら、口に出せるようになるんですか。<br /><br />今、平和堂は、「若いから！」、おこがましさゆえに、照れるだけなのでしょうか・・・<br /><br />いずれにせよ、歌っている俳優諸君は、<br /><br />ほとんどが、平和堂よりははるかに若い世代のニーチャンたちです。<br /><br />どっちにしても、彼らの口から「人生」は、まだ聞きたくないな・・・<br /><br />いやもう・・・おしょすぃなや～・・・<br /><br /><br />ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅ公演「十二夜」個人的趣味に徹した感想「帰ってきたかさはラマン」２<br />に続く。</span></span> ]]>
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<dc:subject>舞台・映画鑑賞記録</dc:subject>
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<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
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<title>松島・塩釜・仙台紀行８</title>
<description> るーぷる仙台コースは一周したので、振り出しに戻って、もう一周！次は、仙台七夕祭りのときにメインストリートとなる、一番町。ここには、たぶん、珍しいものがあるはず・・・なれ、あったっちゃ。「七夕祭」のデザインの、マンホールの蓋？水道栓？いやいや、これはね・・・この通り、穴が開いてるんですよ。これを開けてみる観光客は、概算１２００人に１人くらいの割合です。もちろん、地元の人は、用もないのに開けたりしませ
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<![CDATA[ <span style="color:#9933ff"><span style="font-size:x-small;">るーぷる仙台コースは一周したので、振り出しに戻って、もう一周！<br />次は、仙台七夕祭りのときにメインストリートとなる、一番町。<br />ここには、たぶん、珍しいものがあるはず・・・<br />なれ、あったっちゃ。<br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270035.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270035.jpg" alt="P9270035.jpg" border="0" width="397" height="298" /></a><br />「七夕祭」のデザインの、マンホールの蓋？水道栓？<br />いやいや、これはね・・・<br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270038.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270038.jpg" alt="P9270038.jpg" border="0" width="397" height="298" /></a><br />この通り、穴が開いてるんですよ。<br />これを開けてみる観光客は、概算１２００人に１人くらいの割合です。<br />もちろん、地元の人は、用もないのに開けたりしません。<br />でも、青葉通りを行き交う人々は、別に誰もぎょっとしたりしてませんでした。<br />あ～あ～、開けちゃってるよ、観光客がさあ・・・という、寛大な目で見守りつつ、しゃねっぷりをしてくれていました。<br />何する穴かと言いますと、ここに、七夕飾りを立てるんですな、そのための、年に３日間しか使用しない（８月６日、７日、８日）、専用穴。<br />平和堂は、これの存在を確認すればもう満足で、青葉通りはＯＫ！<br />何しに来てん・・・<br />仙台の銀座やで、ここ。<br /><br />またバスに乗り、次の下車は、「瑞鳳殿前」。<br />バス停を降りると、人々が流れてゆく瑞鳳殿と反対の方向にてくてくと歩いていくＭちゃんと平和堂。<br />「あのう、瑞鳳殿は、そっちじゃないですよ・・・！」<br />親切な誰かに見咎められる前に、人の流れから離れてしまおう。<br />徹頭徹尾、他の観光客とはズレた目的で仙台を訪れた私たちは、そう、伊達政宗の霊の眠る、瑞鳳殿を見学に来たのではないのだ。<br />広瀬川の川沿いに住んでいた、という設定の、津田の実家探し、そして、広瀬川の川べり散策。<br />青葉区の一番開けたところ、駅前には、古い家並みはなかったが、津田はちょっとシティーボーイなので、どうしても青葉区内に住ませたかった、太白区まで行くと行きすぎなのだ。<br />文教地区内に実家がある、というのは、いかにも秀才っぽいから、高校からも遠くなく、東北大学の近所に住んでいてもらわなければ困り、しかも、川沿い。<br />これだけの注文を全てクリアーする地域、というのは、結構、難しかった。<br />でも、霊屋下、米ヶ袋あたりまで来ると、なんとなく、下町っぽい城下町の、いい感じの町並みになり、うん、この辺でいいんじゃね？と、納得しかけたところで、たいへん理想的なお宅を発見、ここ、津田の実家に決定（や、だから、岡本さんちだって－－；）。<br />写真は、軒下の洗濯物ごと、こそっと撮らせていただいたが、もちろん、個人の住宅なので、アップはできない。<br />結局、その理想的なお宅の住所は、片平町に属するようで、うん、願ってもないですね、城下町の「大名小路」、かつて仙台藩士の屋敷が軒を連ねた地域だと言うことで、設定上、きわめて好条件です。<br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270044.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270044.jpg" alt="P9270044.jpg" border="0" width="397" height="298" /></a><br />津田の幼少期を育んだ、広瀬川の流れ。<br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270045.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270045.jpg" alt="P9270045.jpg" border="0" width="397" height="298" /></a><br />緑に湛えられた、瀬音ゆかしき清流。<br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270046.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270046.jpg" alt="P9270046.jpg" border="0" width="397" height="298" /></a><br />右の隅っこを歩いているのが平和堂です。<br /><br />こんな、何の観光にもならない町歩きに、黙々と従ってくれたＭちゃんに感謝；；<br />そして、写真提供にも。<br />この一連の紀行文掲載に当たって、アップした写真は、全て、Ｍちゃんの撮影になるものです。<br />平和堂、写真、よう撮りまへんねん；；<br />およそ尋常ではないほど下手。<br /><br />タイムリミットです。<br />そろそろ、仙台駅へ戻って、お土産を買ったり、駅弁を仕入れたりせねば、帰りの新幹線に間に合いません。<br />エキナカのお土産店街で、大量の「萩の月」と冷凍牛たんなどを買い込む。<br />ずんだ餅は、冷凍製品はあって、それを地方発送はしてくれるのだが、真空パック入りというものは存在しない。<br />驚きました。<br />帰省した津田が真空パック入りのずんだ餅を土産に持ち帰る、という件をすでに書いていたので、帰京次第、慌てて改稿。<br />いや～、やはり、知らないと書けないもんです、こんな些細なことにさえ、無知ということからくる間違いは起こりうる。<br />難しいですねえ、作り話を書くということはさ。<br /><br />帰りの新幹線車内で食べるための駅弁は、もちろん牛たん弁当。<br />だが、最後の仙台食となるため、いい加減な選択はできない。<br />大まじめに真剣に厳選。<br />そして・・・「伊達の牛たん　極厚芯たん弁当」に決定、１４００円也。<br />ちょっと高いけど、最後の贅沢です。<br />そして、それが大正解；；<br />めちゃくちゃウマカタ；；（船頭、お乳の人。←津田のオヤジギャグ）<br />ただ、牛たんも付け合せも、異様に味が濃くて、ご飯が全然足りない！<br />「ご飯！ご飯、お代わりっ！－－＃」<br />Ｍちゃんと平和堂、新幹線の中で、二人で通算３００回くらい、こう叫びました。<br /><br />当初の目的であった仙台弁探索の旅には、結果的に、ならなかった、今回の宮城旅行でした。<br />ま、初めからないものねだりだったしね＾＾；<br />でも、得たものは多かった。<br />あまり回転の良くない頭ながら、いろいろ考えたしな。<br />平和堂は、宮城に、仙台に恋をした。<br />また来るよ、愛しき杜の都。<br />楽しい思い出をありがとう。<br /><br />明日からは、劇団ＳｔｕｄｉｏＬｉｆｅ公演『十二夜』の観劇感想をＵＰ！<br />いつもながらの毒舌で、言いたい放題ですが、所詮、素人のたわごと、ひとつご寛大に、お目こぼし願います＾＾；</span></span> ]]>
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<dc:subject>ほのぼの</dc:subject>
<dc:date>2009-11-07T18:26:04+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
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<title>松島・塩釜・仙台紀行７</title>
<description> 仙台城の奥のほうに、なんか、神社があるのだが、ここに掛けられた絵馬が、平和堂の目を引いた。なんだこれ、この「キャラ」。隻眼とクレセントムーンの前立てからして、間違いなく、伊達政宗を描いたものと思われる、オタクっぽいイラストが、多くの絵馬に、これまた上手に描かれているのだった。みんなが、思い思いの政宗像を描いたものではない。明らかに、何らかの既成のキャラクターを模したイラストなのだ。・・・平和堂の知
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<![CDATA[ <span style="color:#9933ff"><span style="font-size:x-small;">仙台城の奥のほうに、なんか、神社があるのだが、ここに掛けられた絵馬が、平和堂の目を引いた。<br />なんだこれ、この「キャラ」。<br />隻眼とクレセントムーンの前立てからして、間違いなく、伊達政宗を描いたものと思われる、オタクっぽいイラストが、多くの絵馬に、これまた上手に描かれているのだった。<br />みんなが、思い思いの政宗像を描いたものではない。<br />明らかに、何らかの既成のキャラクターを模したイラストなのだ。<br />・・・平和堂の知らないところで、何かが流行っている・・・。<br />それにしても、このイラスト、みんな、じょんだごだ～。<br />アニメか？漫画か？小説の挿絵かもしれない。『銀英伝』なんか、道原かつみの挿画で一躍大流行し、漫画化からアニメ化にまで漕ぎ着けたんだからな。<br />いやいやいや、田中芳樹の作話術もさることながら。<br />てか、この人、作話がどうのこうのより、まず、比喩に語るべきもののある作家だと思うが。<br />しまった、そんなことはどうでもいい、政宗君だ。<br />なんなんだろう、これ。<br />伊達政宗は、とにかくカッコイイ！というイメージから、織田信長と並んで、コンスタントに人気のある戦国武将だが、やっぱ、流行り廃りというものはあって、ブームといえば、８７年の、渡辺謙主演のＮＨＫ大河ドラマ『独眼竜政宗』の当時が最高潮といえよう。<br />それから２０年以上経った今、いったい、私に無断で何が流行っているというのか。<br />それは、土産物屋で明らかになった。<br />『戦国ＢＡＳＡＲＡ』。<br />ゲーム、らしい。<br />そうか・・・いまや、マンガやアニメとは限らない、ゲームという媒体があるんだったな、思いが及ばなかった。<br />平和堂には、ちょっとがっかりだった。<br />ＪＲ東日本は、今、「仙台・宮城　伊達な旅」と題して、大々的にツアーキャンペーンを張っている。<br />都内、どこへ行っても、駅ごとに、マスコットキャラクターの「まさむねくん・めごちゃん」が仲良く手をつないだ可愛いイラストと、先代萩を背景に、「ここにホントの伊達があります――」とココロ惹かれるキャッチフレーズを大書した、キャンペーンポスターが張り巡らされていて、仙台ファンの平和堂は、それを見るだけで、腰は砕けるやら目じりは下がるやら、たいへんなのだが、このキャンペーンも、もしかして、ゲーム『戦国ＢＡＳＡＲＡ』の人気に便乗した企画だったのか・・・<br />てっきり、平和堂個人のために企画された特別キャンペーンだと思っていたのに・・・<br />今、全国的に伊達政宗・仙台ブーム？<br />全然違う動機で、ブームにのっかった形でパックツアーを満喫している私たちは、つまり、ズレている・・・<br />なんか、間抜けだ。<br /><br />甘味処「萩」で、ずんだ餅をいただいた。<br />本格的に食べるのは初めてじゃないかな、いや、何かの折に食べたことがあったっけな、有名だしな、仙台名物・・・<br />あ、そういえば、近所の団子屋にも、「あんこ」「みたらし」「黒ごま」「きなこ」などと並んで、「ずんだ」というのがあった、せいぜい、あれくらい、食べたことがあったはず、どってこたないや・・・と思って食べ始めたら――。<br />初めてだ。<br />初めてだよ、こんな味覚！<br />こんなもん、口に入れたこと、今までない、絶対にない！――と確信。<br />なんとも不思議な味なのだ。<br />枝豆の味が歴然と残っているのに、甘い・・・<br />枝豆は、湯がいて塩振って食すもの、という味覚の常識を、軽く超越する「華麗なる裏切りの美学（ＪＲ東日本による「仙台・宮城　伊達な旅」キャンペーンのキャッチフレーズ）」。<br />おいしいのか、そうでもないのか、それすら良くわからない。<br />どう反応していいのか、困惑してしまう味なのだった。<br />名物に旨いものなしと言うが、ずんだ餅だけは別なのだそうだ。<br />だったら、きっと、おいしいのだろう、これは。<br />主観的に判断することができなかった平和堂は、感想を持つことを放棄し、おいしかったということにしておこう、みんな、おいしいと言っているらしいし！と、大勢に従っておくことにしました・・・らしくもなく。<br /><br />青葉城をあとにして、再度、るーぷる仙台に乗り、次なる下車は、第二目標、「あの学校」！<br />津田の母校候補として、ぜひ見学しておかなければならなかったのだが、それ以前に、あの役者の出身校だよね、劇団Ｌ随一の秀才・Ｓ世Ｋ司。<br />この人とＫ原Ｈ夫は言うまでもなく仲良しだし、また、Ｋ原Ｈ夫とＯ野Ｋ太郎もよく遊んでるようなのに、Ｓ世Ｋ司とＯ野Ｋ太郎との組み合わせをあんまり見ないような気がするのは、平和堂の気のせいなのだろうか。<br />私は、実は、この二人の間には、いまだに根強い母校ライバル意識の確執があるような気がしてならない。<br />Ｏ野犬は（そう言えば犬っぽい！）、Ｓ世の出身校にとっての積年のライバル校・壱高の卒業生である。<br />とても、そうは見えないが。<br />いや、なんでと言われても。<br />それを明言するのはあまりにも。<br />そんなことは、Ｏ野犬のブログを見ればわかるのではないだろうか。<br />いや、気のせいだ、気のせいだよね、きっと、この二人が、仲悪いかも、なんて！<br />仮に気のせいではないとしても、大きなお世話であることだけは間違いなかろう。<br />平和堂は、今、遅まきながらひっそりと口を噤もう（遅えんだよ）。<br />てか、Ｏ沼Ｒ吉のことはどうでもいいのか、平和堂。<br />劇団Ｌ宮城県民枠の結束やいかに（だから、大きなお世話。・・・しょうがないじゃん、古今東西、オバハンというものは、大きなお世話を焼くものだ）。<br /><br />検索を避けるため、あえて表記を変えるが、宮城県ナンバースクールのうちでも最高水準の偏差値を誇る、ここ千代弐高は、なぜか、「宮城県美術館前」と一緒に、るーぷる仙台の周遊観光コースに入っている。<br />てことはさあ・・・ここも、観光地ってこと？<br />ふつーに、観光していいってこと？<br />そういう意味に解釈できるよね？<br />るーぷる仙台の９番目の停留所なのだが、８番目の「（東北大学）理学部自然史標本館前」（この「観光名所」もどうなのよ＾＾；）と、１０番目の「メディアテーク前」（これはまあ、わかるとして）との間に、あまりにも何もないから、というのであるにしても、れっきとした「宮城県美術館」があるわけだから、それだけでいいのに、なんで、あえて、列記なの、「弐高・宮城県美術館前」。<br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/20091105010817496.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/20091105010817496.jpg" alt="二高・宮城県美術館前" border="0" width="397" height="298" /></a><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/200911050108557e0.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/200911050108557e0.jpg" alt="二高・美術館前" border="0" width="397" height="298" /></a><br />これは、両方ともぜひ観光しろと、言ってるよね？よね！？<br />塩釜市泉が岡の宮城県Ｓ高校には、不審者として通報されることを懸念して、よう入らなかったＭちゃんと平和堂であったが、弐高には、思い切って入ってみることにした。<br />日曜日でもあり、授業の邪魔にはなるまい。<br />学校に来ている生徒や教師は、部活関係者だろう。<br />ＰＴＡの役員か、生徒保護者か、教育委員会のオバサンだと、思ってくれますように。<br />無理か、思いっきり、土産物の袋、提げてるよ；；<br />ところが、「本校に何の御用ですか！」とのお咎めを、いつ蒙るかとおっかなびっくりの私たちに、青ジャス姿の（通称「ドラえもん変身キット」らしい・・・）生徒諸君は、いともサワヤカに「こんにちは～」、礼儀正しく挨拶さえして目礼してくれるのだった。<br />東京には、来校者にお辞儀や挨拶がちゃんとできるように教育している学校は稀なのに（千葉にはある。平和堂は、娘たちを、そこへ通わせている、一応）、宮城の県下随一の進学校の秀才諸君は、おつむが優秀なばかりでなく、お行儀も愛想も満点だ！<br />宮城県観光課直属の学校なのだろうか、ここは！<br />いや～、Ｓ世さん、あんだの後輩だづ、いぎなり感心だごだ～。<br />やっぱ、ここ、観光名所なんだよ。<br />だから、彼らは、観光客への対応に慣れているのだ。<br />こういうふうに学校を訪れる（紛れ込む）観光客に、そつなく挨拶して、「サワヤカ仙台」をアピールできるよう、訓練と教育を受けている、精鋭営業部員たちなのだ、彼らは。<br /><br />君たちよ、地域を捨てることなかれ。<br />宮城県の頭脳流出問題は深刻らしい（茨城県もだが）。<br />ここを巣立った秀才諸君、君たちは、たとえ、隣の東北大学に進学せず、東京に流れ出たとしても、地元にその頭脳を還元すべく、Ｕターン就職を一考して欲しい。<br />東京ばかりが都市ではないぞ。<br />若い頭脳たる君たちこそが、地元を盛り立てていく立役者なのだ。<br /><br />仙台名所・ケヤキ並木の定禅寺通りを歩くために、メディアテーク前でバスを降り、ぷらぷらと歩いてみました、並木道。<br />こんな感じ。<br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270029.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270029.jpg" alt="P9270029.jpg" border="0" width="397" height="298" /></a><br /><br />中州の遊歩道はこんな感じ。<br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270033.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270033.jpg" alt="P9270033.jpg" border="0" width="298" height="397" /></a><br />特徴的な彫刻。<br />このポーズは、相当、体がやわらかくないと真似できない。<br />さあ、皆さん、やってみましょう。<br />肉離れ、筋違いなど、平和堂は責任もてませんので、ご自分の柔軟性とよくご相談なさってからチャレンジしてみてね。<br />平和堂は、やりませんよ＾＾<br /><br />さらに引き続き、仙台市内観光。<br />松島・塩釜・仙台紀行８に続く。</span></span> ]]>
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<dc:date>2009-11-05T01:10:49+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
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<title>松島・塩釜・仙台紀行６</title>
<description> ホテルに帰って、室内のお風呂に入って、少し休んでから、スカイラウンジで軽く１杯だけね、というつもりで、ごくラフな服装で、スカイラウンジに上がっていった。１時間３０分の飲み放題コースがあると言うから、あんまり飲まないＭちゃんは元が取れないかもしれないが、９０分もあれば５～６杯はかたい平和堂にはお得。でも、飲み放題コースのドリンクは、メニューが決まっていて、その中から選ばないといけないのだった。ロング
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<![CDATA[ <span style="color:#9933ff"><span style="font-size:x-small;">ホテルに帰って、室内のお風呂に入って、少し休んでから、スカイラウンジで軽く１杯だけね、というつもりで、ごくラフな服装で、スカイラウンジに上がっていった。<br />１時間３０分の飲み放題コースがあると言うから、あんまり飲まないＭちゃんは元が取れないかもしれないが、９０分もあれば５～６杯はかたい平和堂にはお得。<br />でも、飲み放題コースのドリンクは、メニューが決まっていて、その中から選ばないといけないのだった。<br />ロングカクテルばっかり・・・；；<br />これじゃおなかがちゃぷちゃぷになるだけで、酔えないよ；；<br />アルコール耐性が異常に強い、どこまでも九州女の平和堂は、ちょっとご不満なのだった。<br /><br />スカイラウンジから見る仙台の夜景は、大阪や神戸や東京の夜景を見慣れたオバハンたちには、さすがに物足りなかった。<br />だが、仙台は、たぶん、夜に城下を見下ろすための造りにはなっていない街なのだと思う。<br />きっと、仙台にとって、夜景はどうでもいいのだ。<br />じゃ、こっちだってどうでもいい。<br />そんなものを見に来たのではない。<br />もちろん、このオバハンたちは、翌日になって知るのである、仙台ビューとはなんなのかを。<br /><br />最近、とみに多いようなのだが、このラウンジのバーテンダーは、二人とも女性だった。<br />しかもビジンダー。<br />Ｍちゃんの鋭い観察眼では、袖口からワイシャツがどうしても見えないところを見ると中は半袖！？疑惑のマネジャーだけが男性だった。<br />客が退けて、カウンターに座った私たちだけになった頃、ようやく、ラウンジスタッフと私たちとの対話が成立した。<br />Ｍちゃんが、私の方言研究を、職業に由来するものということにしてくれた。<br />嘘、には入らないだろう。<br />いや、でも、半分は嘘かな。<br />・・・半分以上、嘘かな＾＾；<br />県民の方は、どうやら、古川を一つのポイントとして、古川より北とか南とかいう地理的概念をお持ちのように見受けられた。<br />昼間、塩釜で聞いた方言のことなど話すと、「・・・だごだ～、は、言いますね、たしかに。あと・・・しずねぇ、とか・・・」。<br />「あっ、しずねぇ、わかりますよ、うるさいとかやかましいとかいう意味でしょう？」<br />事前研究には余念のない平和堂である。<br />「あっぺとっぺ、とか、言います？」<br />「ああ、いいますね、あぺとぺ・・・。あと、よく、『こ』をつけますよ。わらすこ、やろっこ、あねっこ・・・」<br />「やろっこは男の子のことでしょう？　女の子は、あねっこって言うんですか」<br />「言いますね」<br />「しゃっけぇ、っていうのは、皮膚感覚についてしか使わないんですってね？　そういうことも、実際に聞いてみないとわからないもので。単に、冷たい、という意味だと思ってましたから、人柄や性格が冷たいという場合にも使うんだと思いました」<br />マネジャーさんは、人間性が冷淡だ、という意味合いをあらわす方言は、特に思い当たらないらしかった。<br />「そういえば、関西弁でも、ちべたい、いうのんは、皮膚感覚やもんね。アイスクリーム食べて、ちべた～、とは言うても、あいつはちべたい人間や、とは言わんもんねえ」<br />けんのんたがりやしんけたがりについても、聞いてみれば良かったと、後で思った。<br />それに、仙台弁を代表する感覚的表現は、なんと言っても「いずい」に尽きる。<br />この感じは、平和堂は、なんとなくわかったつもりでいるのだが、あくまで「つもり」だけかもしれない。<br />「それでは、今日は、そろそろこのへんで・・・、と言うのは、なんて言うか、わかります？」<br />バーテンダーのビジンダーが言った。<br />しばし考える平和堂。<br />「・・・んで、まず？」<br />「そう！んでまず！」<br />ネイティヴにちゃんと通じた、平和堂の仙台弁。<br />勉強は、するものだ。<br />・・・そう言えば、９０分飲み放題の刻限は、だいぶん過ぎているかもしれない。<br />いや、オーダーは、もうしていないのだが。<br />・・・長居、した？したよね。<br />ビジンダーの振りが、もしも、「京のぶぶ漬け」であったら、やはり東北は、京都にも勝る陰険帝国、と言うことになってしまうのだが、深読みすまい、たまたまだ、そう信じたい。<br />・・・が、そろそろ退散しようっと＾＾；<br /><br />寝酒が効いてか、予定よりも少し寝坊してしまったＭちゃんと平和堂。<br />翌日は、朝から仙台市内観光。<br />市内観光バス「るーぷる仙台」を徹底利用！<br />一日乗車券６００円で、何度でも乗降可能。<br />でも、バスは、１５分間隔でしか来ないし、一方通行だし、最終バスは１６時台で終わっちゃうんだけどね。<br />ルックスも、これこの通り、可愛いバスでござる。<br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270059.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270059.jpg" alt="るーぷる仙台" border="0" width="397" height="298" /></a><br /><br />まずは、とりあえず仙台城へ！<br />ループル仙台観光コース６番目の停留所だ。<br />お城だお城だ、キャッスルだ、きゃっほう。<br />・・・な気分は打ち砕かれた。<br />仙台城址。そうか・・・城「址」か・・・。「城」ではないのだ・・・。<br />は～る～こ～お～ろ～お～の～、は～な～の～え～ん～・・・<br />正調『荒城の月』は、「花の宴」の「え」に　＃　が掛からないといけないのだが、作詞者の土井晩翠は、この「荒城」を青葉城のことだと言っているのに（作曲者の滝廉太郎は別の城を想定している）、「荒れた城」でさえない、本当に、掛け値なし、ただの「城址」なのだった。<br />ショックだった。<br />大阪城や姫路城を見慣れたオバハン二人には、ここにお城があったんです、と言われても、そうですかとは納得しがたい。<br />崩れかけた城壁くらい、あると思ったのだ。<br />本当に、何もないとは。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270020.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270020.jpg" alt="仙台城址より" border="0" width="397" height="298" /></a><br />仙台城址からの眺望。<br /><br />ショックから立ち直れないままに、地元ボランティアの方のガイダンスをお願いする。<br />タダで、仙台城の歴史、藩祖伊達政宗と仙台藩の歴史を教えてくれる、ものすごく親切なおじさんたちだ。<br />しかし、この人たちもまた、流暢な標準語。<br />ごくわずかに、「私たちはですね、ここだけでねぐ、多賀城なんかも案内しとりますがね・・・」、ふとしたはずみに訛りが混じるのだった。<br /><br />おじさんが教えてくれたこと。<br />１、兜の前立ては、木や紙粘土など、軽くて壊れやすい素材で出来ていて、金属などではない。<br />林の中など騎馬で合戦するとき、前立てがなまじ頑丈だと、枝などに引っかかって危ないのだ。<br />だから、簡単に折れるように出来ている。<br />なんて合理的。<br />てか、政宗君の三日月の前立ては、近所迷惑だから、絶対。<br />高橋なのの『Ｄａｎｄｙ　Ｄｒａｇｏｎ』にも、そのネタあったぞ。<br />政宗君がちょっと振り向いただけで、成実も小十郎もザックリ・・・というやつ。<br />２、仙台市民は、伊達政宗を「政宗公」とか言わない。<br />ズバリ呼び捨て。<br />だいたい、政宗は、「卿」ではあっても「公」ではない。<br />政宗君から数えて１８代目の伊達家当主の前でだけは、せいぜい「政宗さん」と呼ぶそうな。<br />てか、伊達家当主が健在なのか。<br />それもちょっと驚いた。<br />が、平和堂が帰京して結構すぐに見た朝日新聞の特集コラムで、「お殿様は今」というのを連載していて、かつての藩主たちの子孫の今がレポートされていた記事によると、別に珍しいことでもないらしい。<br />その記事には、伊達藩主の今は取材されていなかったが。<br />そう言えば、織田信長の子孫だって生きているものな・・・<br />３、はるかかなたに見える巨大な白い石像は、通称「バブル観音」。<br />いまや無用の長物だが、無駄にありがたい観音像だけに、始末に終えず、ただあそこにあるのであった・・・<br />結構、全国にそういう形で残された観音像は多いらしい。<br />そう言えば、たぶん、関西圏にもあるぞ、確か。<br />どこだったっけ、行ったことがある記憶が。<br />４、「雀踊り」は、伊達政宗が、仙台城を築城の折、堺から呼び寄せた石工たちが、宴席で踊ったものがその原型。<br />政宗君のお気に召し、仙台雀踊りに発展。<br />さまざまな踊り方があるが、総じて、飛び上がったり、地面のえさをついばんだりと、結構、激しい振り付けのようだ。<br />ところで、この石工たち・・・<br />その時代なら、ふつう、築城の秘密を守るために、殺されてもおかしくないところ。<br />政宗君は、さすがに国許へ帰しはしなかったが、この地で生涯を終えさせた。<br />慈悲深い、と言っていいのだろう、たぶん、その時代のこの事情の常識としては。<br />５、政宗君の銅像は、戦時中、「鉄砲の弾に持ってかれた」。<br />金属供出ですな。<br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270026.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270026.jpg" alt="P9270026.jpg" border="0" width="397" height="298" /></a><br />この壮大な騎馬像に、そんな悲しい過去が；；<br />６、政宗君は、足軽にさえ用地を分配し、「果樹を植えよ」と植樹を奨励した。<br />それが、杜の都の原型を作った。<br />その緑も、戦火に焼き払われたが、戦後、市民が行政と協力して、一から植樹しなおし、杜の都を復活させた。<br />「そりゃ、城も再興したかったんだろうけどね。金がないから」<br /><br />市民は、形骸の古城より、内実の緑を、政宗の遺志として受け継いだのだ。<br />そうだろね、政宗君なら、きっと、誰も住まない城を復興して観光名所に仕立て上げ、観光客が落とす金で潤う町よりも、現住の市民が快適に暮らせる町の緑を取り戻し、市民自身が豊かに潤った健やかな心で生活できる町を、優先しただろうね。<br />歴史は歴史で大切にするが、過去か未来かの選択を迫られたとき、迷わず未来を選ぶことができる。<br />それが、政宗の志向した「伊達」の精神、進取の気質と言うものなのかもしれない。<br />必要以上に過去にとらわれない。<br />歴史の重さを、歴史の重さ以上に重んじない。<br />歴史の上に立脚した、現在と未来を、冷静に見据え、見通す目を持つこと。<br />伊達の心、というものの本質を、正しく受け継ごうとすれば、あるいは、こういう形になるのかもしれない。<br /><br />平和堂は、かつて、劇団Ｌの公演「ＯＺ」のパンフレットで、「未来に残したいものは何ですか」という質問に対し、王子が「緑」と回答していたことの意味が、ようやく腑に落ちて、ちょっと泣きそうになってしまったのだった。<br />ごめんなさい、深い意味のない、常套的回答に逃げただけの、流していいコメントだと思ってました（「常套」的な言動など、ついぞとらない人だということは重々承知していながら・・・）。<br />ま、この人、仙台市出身じゃないんだけどね、たぶん、古川市。<br />いいの、そんな細かいことは。<br />宮城は全部、仙台だから（まだ言うか）。<br />仙台市民にとって、「緑」が、「杜」が、どんな意味を持ち、どれほどの価値を持つものか。<br />よそ者ながら、ガツンと思い知らされた気がしました。<br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270024.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9270024.jpg" alt="P9270024.jpg" border="0" width="397" height="298" /></a><br />王子も愛した（と思われる）「杜の都」。<br /><br />そこへきて、まず、一つ、思いを馳せたのが、例の塩釜市である。<br />私は、よそ者の浅はかさで、安直に、源融を捨てた塩釜市を非難したが、これは、ちょっと違うのでは？<br />マグロの漁獲高とか、すし屋の数とか、塩釜スイーツとか、どうでもいいだろ、と思ったけど、どうでも良くない、良くないんだよね！？<br />それこそが、現代の塩釜市を支えている産業なのであり、塩釜市の顔、アイデンティティそのものなのだとしたら。<br />平安時代から、かれこれ１千年を経ようとしている今、塩釜市にとって、もう、歌枕とか、源融ゆかりのとか、そっちのほうがどうでもいいのだ、過去の遺物なのだ。<br />そんなものに無理やり縋っていなければ立ち行かないほど、貧しく、なんもない町ではないのだ、現代の塩釜は。<br />塩釜市民にとって、今の塩釜を支えているのは、１千年も前の平安貴族の気まぐれな風流遊びではなくて、マグロの漁獲高という具体的でリアルな実績と、１キロ平方メートルあたりのすし店の数日本一を誇るグルメの町としての名声と、新しい塩釜の顔・塩釜スイーツの名店の数々、こういった、現代と未来を見据えた市のセールスポイントなのだろう。<br />こういうものがあるから、塩釜市は、源融の逸話なんかに、いつまでもしがみつかなくていいのだ。<br />それはそれで、過去にあった名誉なハナシ。<br />でも、今の塩釜は、融左大臣あっての塩釜なんかでは、全然ない。<br /><br />仙台市民は、藩祖の城を再興してあげようとはしなかった。<br />だが、彼らは、やはり、よそ者にはわからない形で、そして、よそ者がミーハーにきゃいのきゃいのと騒ぐのには比べ物にならない深さと純粋さで、誠実さと真摯さで、彼らの藩祖を愛しているのだ。<br />バサラ大名、伊達藩きっての伊達男、政宗の遺志を深く汲み取ろうとすれば、結局、ドントルックバック！ゴーフォワード！ということになるのだろう。<br /><br />必要以上に歴史と過去の遺物にしがみつかない潔さ。<br />堅実に前を見て、理想を見極め、そこへ向かって一路邁進する合理性と先取の気質。<br />これこそが、伊達の魂なのだろう。<br />平和堂は、どうも、宮城と言う土地柄を、根本的にとらえなおさなければならないらしい。<br />伊達の心をもって。<br />よそ者には難しい宿題ではあるが、仙台名誉市民を目指す平和堂は、きっと、いつかは、この伊達の心を、根底から理解してみせる。<br />そのためにはまず・・・やっぱ、住民票、移さないとだな。<br />引越し、引越し♪（ええっ）<br />（「名誉」じゃないじゃん、リアル市民じゃん）<br /><br />そして、もう一点。<br />執筆中の小説の中で、語り手の津田が、日本の演劇界の明日について、考察する件がある。<br />古典、またはそれに準ずる国民的常識と言うものがあって、かつての日本人にはあった共通認識、美意識、それが失われつつある今、現代演劇になしうることは何か。<br />ここを書いていたとき、津田は、創作者の平和堂の意に反して、<br />「民族の歴史や文化の共通理解がないところへ、あくまでもそれを土台にした常識を押し付けていこうとすれば無理が出る。<br />今の日本の社会には、もはや古典となった歴史や文学を、若い世代に伝えていくというシステムがない。<br />だから、そこは、惜しくても切り捨てていかざるをえない。<br />ただ、古今東西を問わず、人間存在の真理に通じる普遍的な感覚というものは依然としてあるのだから、これに訴えるためには、古典的な常識にとらわれず、現代と未来を見据えた別の方法論を試行錯誤しなければならない。<br />日本人に失われて久しい、世代を超えた共通の体験と、それを具体化して提示して、日本人の概念の中に定着させるためのモデルを、現代演劇が担えないものか。<br />自分たちの提供する演劇が、次世代の新しい常識となっていく、日本人の共通理解の新しい基盤になっていく、そういう方向性を明確に持った演劇というものの可能性を考えていきたい」<br />てなことを言い出したのだった。<br />これには、平和堂自身が、書いていて驚かされた。<br />私は、こんなこと、全然考えていなかったからだ。<br />「今の日本の社会には、もはや古典となった歴史や文学を、若い世代に伝えていくというシステムがない」のであれば、それを復活させなければ、と、古いほうに回帰していくことを考えるのが、私の基本的スタンスだ。<br />「惜しくても、そこは切り捨てていかざるをえない」とは思えない。<br />日本人の再教育ということを考えてしまう。<br />自分が執筆している小説で、自分が作り上げた人格であるはずの津田が、こんなことを急にしゃべり始めたので、私は、内心、びっくりしたのだ。<br /><br />創作をしない人は、軒並み、作者の潜在的な意識が時折そうやって作中人物の言動になって現れるのだと考えるだろう。<br />作中人物が、作者の意図を離れ、人格や思考や意思を持って、勝手にしゃべったり行動を起こしたりするはずがない、と。<br />だが、創作の深みにはまったことがある人は、誰でも、何度かはこういう体験を持っているはずだ。<br />作中人物が、創作者の意図と違うことを言ったりしたりし始める。<br />創作者が夢にも思っていないことを、作中人物が勝手にしゃべり始める。<br />ものすごく不思議な感覚なのだ。<br />自動筆記とか憑依とか、そんなんでは全然ない。<br />ちゃんと自分の意識を持ってキーボードを叩いているのだけれども、自分の考えとは違う文章が、次々と紡ぎ出されてくる。<br />必然的なつながりを以って。<br /><br />私は、なんで津田が急にこんなことを言い出したのか、ずっと腑に落ちなかった。<br />それが、この度の宮城旅行で、やっとわかったのだ。<br />津田は、創作者の私があずかり知らない部分で、すでに、魂の根底から仙台人になっていたらしい。<br />書き手の私が思いもしないことを、津田が言い出したのは、彼が、伊達の魂を根底において生きているからなのだと。<br /><br />引き続き、仙台市内観光。<br />松島・塩釜・仙台紀行７に続く。</span></span> ]]>
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<dc:subject>ほのぼの</dc:subject>
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<title>松島・塩釜・仙台紀行５</title>
<description> 泉ヶ岡周辺散策の後、そろそろ仙台へ向かおうか、と、本塩釜の駅まで歩く。相変わらず、ネイティヴの宮城方言は一向に聞けない。前日も、電車内で、地元民が会話しているのを聞こうと耳を澄ませてみたのだが、高校生と見られる男子学生が数人、東京の男の子と寸分違わないしゃべり方でふざけあっている以外には、誰も会話をしないのだ。みんな単独で乗車しているのかと言ったら、そうでもない。結構、同性同士や、夫婦や親子など、
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<![CDATA[ <span style="color:#9933ff"><span style="font-size:x-small;">泉ヶ岡周辺散策の後、そろそろ仙台へ向かおうか、と、本塩釜の駅まで歩く。<br />相変わらず、ネイティヴの宮城方言は一向に聞けない。<br />前日も、電車内で、地元民が会話しているのを聞こうと耳を澄ませてみたのだが、高校生と見られる男子学生が数人、東京の男の子と寸分違わないしゃべり方でふざけあっている以外には、誰も会話をしないのだ。<br />みんな単独で乗車しているのかと言ったら、そうでもない。<br />結構、同性同士や、夫婦や親子など、組になって乗車している人たちもいるようなのに、彼らは、一様に押し黙って、まるで、よそ者が降りてから安心して話をしましょう、と申し合わせてでもいるかのように、ほとんどものを言わないのだった。<br />車内には、平和堂とＭちゃんのあたり構わぬ話声が響き渡るばかり。<br />平和堂は、職業柄と、自分の耳が良くないせいで、地声が大きく、声も通るのだが、Ｍちゃんは普段から声も小さく、水仕事なんかしながら彼女の話を聞いていると、ほとんど聞こえないくらいなのだが、そのＭちゃんの声でさえ大きく聞こえるほどに、車内は静まり返って、厳粛なのだった。<br />だんまりの行をしているわけでもないのだろうから、時々は、隣の連れと話もするようだが、いかんせん声が小さい。<br />ぼそぼそ、もそもそ、と、呟くようにものを言い、相手もまたささやくように返すのであった。<br />ほんの隣に座っていても、全然聞こえない。<br />これか、噂の、東北の人は口を開けないでしゃべる、というのは。<br />寒いから、顔面の筋肉がこわばる、または、冷たい空気が口から入ってこないように、なるべく口を開けずに話す習慣から、あの独特のi音の中舌音化が発生したという、言語学的見地からの説がある。<br />いや、でも、声が小さいのは関係ないんじゃ！？<br />みんな控えめで遠慮がちなだけなんだろうか。<br />そりゃ、電車の中で大声でしゃべるのは、きわめて行儀の悪いことなんだけど、もうちょっと聞こえるくらいにはしゃべってくれたってよござんしょうよ；；<br />たぶん、こちらから話しかけて、「旅行者で、宮城は初めてなんですけど、ここら辺のおいしいものってなんですか？」とか、「菅野美術館に行きたいんですけど、どの駅で降りたら近いですか？」とか、聞けばなんでも親切に、はきはきと答えてくれそうな気はする。<br />ただし、ほぼ完璧な標準語で。<br />地元民同士の何気ない会話を聞いて、自然な宮城方言のイントネーションを体得したいと思っている平和堂は、なかなかその機会に恵まれないまま、宮城逗留二日目の夕刻を迎えようとしていたのだった。<br /><br />本塩釜の駅までの道のりの途中、沿道にベンチがあって、男性数人と女性一人が座って話をしていた。<br />わざと歩を緩める平和堂。<br />「休んでいく？」<br />と気を利かせてくれるＭちゃん。<br />もちろん、休憩が目的ではないことは、彼女も先刻承知である。<br />私たちは、彼らの隣のベンチに腰掛けた。<br />やっぱり、会話はほとんど聞こえない。<br />だが、なんとなく、リズムというか、抑揚のパターンのようなものだけは、音楽を聴くように伝わってはくるのだった。<br />そんなに上がり下がりしないなあ。<br />やっぱり、一般的に聞く、これが東北弁だ、みたいなメディアによるそれは、かなり誇張されたものであったらしい。<br />大荷物から旅行者と察せられたのか、どこから来たのかとか、親しげに声をかけてくださるが、やはり、ほぼ標準語だ。<br />んでねぐ！<br />わだすはあんだらのいづもくっちゃべでるこどばがきぎてえのす！<br />仙台弁でかだっでけさいん！<br />・・・と訴えたいが、<br />「果たして、私の仙台弁は通じるかなあ。何しろ、本で学んだだけの独学なのだ・・・」<br />と、再びドラキュラ伯爵が脳裏に・・・<br /><br />ちなみに、私たちが「どこから来たの？」と聞かれるとややこしい。<br />「東京からです」と、一言で済ませたら誤解を招く。<br />東京在住の関西人である、ということを明確に表明しなければ、平和堂とＭちゃんのしゃべっているコテコテの関西弁に説明がつかないのだ。<br />そのうえ、平和堂は、厳密に言うと、関西人でさえない。<br />出身は福岡で、平和堂自身、自分のことは、関西人だとは思っていない。<br />私はあくまでも「九州の女」だ。<br />そんなん、ふつうに標準語でしゃべろう思たら、なんぼでもしゃべれるけど、九州弁だっちゃいつでん戻らるっとばい、トライリンガルのけん！<br />（ここへ仙台弁が加われば、無敵のクワトリンガルになれるものを・・・）<br />Ｍちゃんも、堺の古い町の出身だけど、しゃべってる言葉は京都弁だしな、この人。<br />堺の商人言葉とか、船場言葉とかは、しゃべらない。<br /><br />「東京と、ここと、どっちが好き？」<br />と聞かれた。<br />迷わず、「ここが好き＾＾」と答えた。<br />そりゃもう、食べるものはおいしいし、食べるものはおいしいし、食べるものはおいしいし。<br />食べてばっかりいるが。<br />いやいや、食べるものもおいしいが、風光明媚だし、人は親切だし。<br />また来たいです、いや、来ます、リピーターになります。<br />てゆーか、いっそ住みたいかも。<br /><br />本塩釜駅では、お土産品売り場で、地元の方と思われる三人のちょっと年輩の奥さんたちが、何やら込み入った話をしておられた。<br />「あの三人のおばさんの隣のベンチに座るよ」<br />ささやくＭちゃん、頷く平和堂。<br />・・・やはり聞こえないのであった。<br />わずかに、「・・・だごだ～」という文末表現は、たびたび聞かれる。<br />口語の口語らしさは文末にこそ現れるので、ここを集中的に聞き取ることには意味がある。<br />平和堂は、この「・・・だごだ～」を、「～であることだなあ」という詠嘆表現と解釈している。<br />「んだんだんだ」<br />・・・すごい、三回も相槌をうった！<br />せいぜい二回かと思っていた！<br />そう言えば、標準語でも、よく、「そうそう」と二回繰り返して相槌をうつが、ものすごく同意するときなんか、「そうそうそうそう！」と、四回くらい続けて相槌をうつこともある。<br />宮城の人は、「んだんだんだんだ！」と、四回続けて相槌を打つことがあるのだろうか！<br />何かとってもプライヴェートなお話をなされていたと思われる、三人の地元奥様方、聞き耳を立てて、お話を伺っていて、申し訳ありませんでした。<br />でも、ご安心くださいませ、平和堂には、お話の内容は、さっぱりわかりませんでした・・・；；<br /><br />方言取材は、結局、ろくにできないまま、ますます方言話者の少ないと思われる仙台市内へ。<br />ま、いっか・・・<br />抑揚がある程度つかめただけでも、そして、こっちの人がものすごく小声で話をするということがわかっただけでも、収穫といえば収穫だ。<br /><br />仙石線で仙台駅下車。<br />新幹線やまびこを降り立った駅へ、ようやく戻ってきた二人。<br />いよいよ旅本番という感じ。<br />平和堂は、ここで、どうしても銀行と郵便局の用事を済ませなければならず、重い荷物を抱えて駅前をあっちへこっちへ・・・ーー；<br />ようやくホテルＪＡＬシティ仙台にたどり着いたときには、疲労困憊であった。<br />仙台市内観光は翌日の予定に組み入れてあるから、今夜は、夜の仙台の街へ出て行って、レッツ牛たん！<br />そりゃもう、仙台に来たからには、牛タン、もとい牛たんを食さねば、来たうちに入るまいよ。<br />そう、仙台の「牛たん」表記は、必ず平仮名だった。<br />カタカナで「牛タン」と表記した例は見たためしがない。<br />「タン」は「Ｔａｎｇ」で、英語なのだから、カタカナ表記が正当なのだが、こっちの人には、「牛たん」は一語で独立した普通名詞なのですね。<br />複合名詞扱いではないのだ。<br />・・・と、どこまでもどこまでもどこまでも国語にうるさい平和堂。<br />Ｍちゃんとは、来る前から、二日目の夜は牛たんよね！と約束していたのだが、調べるにつれ、軽く萎えが入りつつあったのだった。<br />というのも、「牛たん定食」としてセットされている献立がショボイんだもん・・・；；<br />牛テールスープは、まだいいとして、なんでことごとく麦飯なのぉ・・・；；<br />Ｍちゃんが言うには、牛たんが、結構、脂っこくてくどいから、麦飯のパラパラ感が合うんだろう、とのことで、そりゃまあ、定番の組み合わせには、それなりの理由があるのはわかるのだが、遠路はるばる旅をしてきて、麦のご飯は、なんかサビシイ・・・<br />昔、偉い政治家の先生が、貧乏人は麦を食え、と仰って、平和堂の脳には、そのお言葉が深く深く刻み込まれているようで、麦飯をパラパラこぼしながら食べていると、なんだかとっても悲しくなりそうな気がするのである。<br />健康にはいいんだけど。<br />ビタミン豊富なんだけど。<br />・・・すみません、ご飯はやっぱり銀シャリがいいです、平和堂。<br />てなわけで、牛たんは、牛たん定食で食べようとするから貧乏くさくなるのだ、ここはいっそ焼肉として食べたらどうか！という大胆にして遠大な計画を胸に秘め、われわれはここ杜の都・仙台を訪れたのである。<br />そして、繰り出したのよ夜の街。<br />とは言っても、国分町とかのヤヤコシイ所へ足を踏み入れたわけではありません、そんな、あんた、おっさんやないねんから（オバハンなんです）。<br /><br />Ｍちゃんがいつの間にかそこらへんで手に入れていたホットペッパーに載っていたお店は、なんかちょっと高級感があって、焼肉屋なのに、大人のデートにも向いていそうな店構え。<br />照明なんかもシックだったりして。<br />そして、そこで、いただきましたのが、これ、仙台花咲牛たん！<br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/20091007234515eff.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/20091007234515eff.jpg" alt="仙台牛タン" border="0" width="480" height="854" /></a><br /><br />何これ、このマンゴーカット。<br />ありえません、この切り方。<br />ふつう、東京で食べる牛たんは薄っぺらいよね。<br />それを、さっとあぶる感じで焼いて、塩とレモンで食べますよね。<br />仙台の牛たんは、このように肉厚なのが特徴。<br />中までちょっとしっかりめに焼いて、いただくのである。<br /><br />宮城サービス業従事者美形の法則に則った、またすっとしたお顔立ちの美しい店長さんが、よそ者に、これまた親切に手取り足取り焼き方を教えてくださって、いや、網で肉を焼くだけなので足は取らないのだが、調味料や薬味についても親切にご説明くださった。<br />「こちら、極上醤油となっておりましたので、焼きあがりましたお肉につけてお召し上がりくださいませ。<br />こちらの白いお皿のほうは、右から、レモン汁、わさび醤油、ポン酢でございましたので、お好みに合わせて、お塩などで調味されて、お召し上がりくださいませ」<br />・・・「た」ってなんだ、「た」って・・・<br />かつて、極上醤油となっておりました？<br />じゃあ、今は何？<br />なんになってしまったの、かつて極上醤油だったものは！<br />すごく気になる！<br />この兄ちゃん、いや、店長さんは、岩手出身なんだそうだが（なんでそこまで訊く、この旅行者・・・）、この意味不明の完了の助動詞は、実は、これこそが宮城方言の真髄なのではないか！？と思わせるほどに、エトランゼには異様な響きとして聞こえるのであった。<br /><br />う・ま・あ～～～～～；；<br />涙のちょちょ切れる旨さ。<br />平和堂、もういい加減、旨いものもひととおり食べ尽くしてきて、この年になって、さすがに、あれが食べたい、これが食べたいもなくなってきたなあ、と思っていたが、いやいやなかなかどうして、世の中にはまだまだ自分の知らない美味美食というものがあるのだなあと、ここ宮城に来て、つくづくと思い知り、ますます長生きしたくなった次第。<br />ひいばばが、米寿の祝いの席で、「和食の会席はつまらないねえ、食べるところがありゃしないよ」と、矍鑠として名言を吐いたが、私は、この人の血を受け継いでいるなあ、と実感。<br />食いしん坊万歳。<br /><br />こちらは、そのあといただいた希少部位シリーズ。<br />どれもとろける旨さでした～＾＾<br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/200910072345495b6.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/200910072345495b6.jpg" alt="仙台お肉" border="0" width="480" height="854" /></a><br /><br />「こちら、新しいおしぼりでしたので、お持ちいたしました。<br />よろしければお使いになってください」<br />新しいおしぼりでし「た」。・・・以前は。<br />で、今は？<br />今は、なんになってしまったの、その新しかったおしぼり！<br />すごく気になるぅ～～～～。<br /><br />この「た」は、宮城方言なのか、それとも、この店長さんの個人的な口癖なのか、あるいは、宮城発祥の新しい接客用語なのか、いまだにわからない。<br />でも、Ｍちゃんは、帰京してから、東京で「ずんだ茶寮」の店舗に行ったとき、<br />「こちらは青えんどう豆を使用しておりまし『た』ので、枝豆の苦手な方でもおいしく召し上がっていただけると思います」<br />と商品説明を受けたと言っていた。<br />「ご注文、以上でよろしかっ『た』でしょうか～」は、名古屋発祥の接客用語だと聞いたことがあるが、これの宮城オリジナルバージョンなのかもしれない。<br />平和堂は、この意味不明の完了の助動詞は、一種の婉曲表現による丁寧語化だと考えている。<br />「た」の謎は深まるばかりだ。<br />この用法の伝播の経緯を待つのみである。<br /><br />ま、謎の「た」はともかくとして、肉はがっつり堪能しました。<br />ああ、うまかった、牛も勝った！<br /><br />翌日は、仙台市内観光！<br />広瀬川、青葉城、そして、例のあの学校！<br />松島・塩釜・仙台紀行６に続く。</span></span> ]]>
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<dc:subject>ほのぼの</dc:subject>
<dc:date>2009-10-07T23:46:52+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
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<title>松島・塩釜・仙台紀行４</title>
<description> ナニコレ。でかい！田舎の漁師町の小さな鎮守さんかなんかだと思っていた鹽竈神社は、荘厳にして静謐、意外にも大規模だった。石津神社くらいだと思っていたのに、こりゃ大鳥大社さんレベルじゃん。いや、住吉大社レベルだ。関西圏の神社に換算してみないと規模が把握できないというのもどうかと思うが、平和堂の頭の中には、お伊勢さんや春日大社を筆頭に、神社の規模による格付けが歴然とあり、日本全国の神社を、一旦、関西圏の
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<![CDATA[ <span style="color:#9933ff"><span style="font-size:x-small;">ナニコレ。でかい！<br />田舎の漁師町の小さな鎮守さんかなんかだと思っていた鹽竈神社は、荘厳にして静謐、意外にも大規模だった。<br />石津神社くらいだと思っていたのに、こりゃ大鳥大社さんレベルじゃん。<br />いや、住吉大社レベルだ。<br />関西圏の神社に換算してみないと規模が把握できないというのもどうかと思うが、平和堂の頭の中には、お伊勢さんや春日大社を筆頭に、神社の規模による格付けが歴然とあり、日本全国の神社を、一旦、関西圏の神社で言うとどれに匹敵する、という置き換えを行う癖が付いているのだ。<br />若いとき何度も足を運んだ宇佐神宮も、子どもの七五三を祈祷した亀戸天神も、みんなこの伝でやっつけた。<br />売り出し中の主力商品「うまくいくお守り」には、ありがたさよりも先に胡散臭さを感じてしまったが、ま、神社がどこも商業主義だというのは、今に始まったことではない。<br />鹽竈神社は、陸奥国一宮とかで、東北の信仰を一所に集める、由緒正しいお宮さんだった。<br />知らぬこととは言いながら、たいへん失礼をば致しました。<br />無知とは悲しいことであります。<br />鹽土老翁神（しほつちおぢのかみ）、武甕槌神（たけみかづちのかみ）、経津主神（ふつぬしのかみ）を祀り、武運長久、塩業、漁業、家内安全、延命長寿、交通安全、厄除け、安産に効くよろず御加護のある御社だそうでございます。<br />だが、結局、ここにも、源融と塩釜の関係を語る謂れ書きは何もなかった。<br /><br />裏参道から参ってしまったので、表参道から罷り出ることにした。<br />表参道の石段は、急で、下方へ傾いていて、ものすごく怖い。<br />しかも、二百段以上ある～～～；；<br />めちゃくちゃ高いとこに、この「しおがまさま」は、鎮座ましましたのですね。<br />ありがたさは倍増だが、高所恐怖はいかんともしがたい。<br />必死で手すりにすがりついて、あんまり下を見ないようにして、青い顔をして石段を下りる平和堂であった。<br />Ｍちゃんも、怖いねえとは言っていたが、手すりには頼らない。<br />平和堂は足が震えてゆっくり踏みしめるようにしないと下りられない。<br />もっと年をとったら、こんな石段、上り下りできなくなるのだろうか。<br />なんだかちょっと切なかった。<br />「これ、上り専用の石段なんやわ。<br />こういう傾斜がつけてあるってことは。<br />ほら、上るとすれば、上りやすいもん」<br />そう言われてみればそうか。<br />こっちが表参道であることには、ちゃんと意味があったのだな。<br />「地元の学校の野球部なんかが、ここをうさぎ跳びで上るんよ、きっと」<br />「や、うさぎ跳びは無理でしょう～、この段差、この幅じゃ」<br />「じゃ、ランニングね。塩釜一中の野球部が、ここをランニングのコースにしてるねん」<br />妄想体質炸裂のＭちゃんは、塩釜一中なんて、あるのかないのかわからないような、知りもしない学校名を具体的に挙げて、見てきたかのように話すのであった。<br />そう言っているそばから、若い男が石段の真ん中を、軽快な足取りで駆け下りていった。・・・慣れてる。よくこんな怖い石段を走って下りられるね、あんた。<br />「ほら、あの子も塩釜一中の生徒」<br />知り合いですか、と言いたくなるほど、確信に満ちたＭちゃんのお言葉。<br />「融さんの俊足と健脚は、この石段で培われたのね。そら、こんなところで毎日トレーニングしてりゃあ、足腰も強くなるよね」<br />決めつけ。<br />そう・・・融の出身中学は、塩釜一中に決まっているのね。<br />わかりました、それでいきましょう。<br />Ｍちゃんが、融や津田という、平和堂の創作した架空の人物を、あたかも実在の人物ででもあるかのように受け入れてくれるのが、平和堂にはこのうえもなく嬉しいのだ。<br />駄作でも何でも、最後まで書こう、話を完結させよう、という意欲がわいてくる。<br />ありがとう、Ｍちゃん；；<br /><br />下から見上げた表参道の石段は、これまた壮観であった。<br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9260017.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/P9260017.jpg" alt="&#30444;竈神社表参道" border="0" width="397" height="298" /></a><br /><br />ま、めったに上る気にはなりません。<br /><br />案内板で現在地確認をしていたら、・・・あるじゃないですか、見事に、塩釜一中。<br />ほんまにあんねや！<br />意味もなく爆笑してしまった二人であった。<br /><br />駅でもらってきた「しおナビ」なる案内地図と案内板を見比べるうち、Ｍちゃんが「しおナビ」のすみ～っこに、見落とさないほうが不思議というような記事を発見。<br />「あっ、これじゃない？塩竈公園。光源氏のモデルと言われている源融が塩釜の浦を眺望した屋敷跡と言われ、『融が岡』と呼ばれるのもこの周辺。現在は桜の名所となっている、だって」<br />「それだあっ。行くよ、そこ！」<br />急に元気になる平和堂。<br />だいたい、道案内のＭちゃんのあとについて歩いていたが、このときだけ、イケイケドンドン、気が逸って、先へ先へと歩いてしまった。<br />「どれ？どれが融が岡？」<br />「この道の裏手、のはず」<br />ところが、一応、石柱で表示の出ている「塩釜公園」は、草茫々の荒れ野原で、なんらありがたそうな名所旧跡の気配もない。<br />「ずいぶんないがしろにされてんじゃない、左大臣閣下・・・－－＃」<br />碑文らしきものだけあったので、草の根かき分けて見に行ってみるが、篆書だがら読まさらねっけよ・・・；；<br />桜の頃に来ていたら、もう少し印象はましだったのかもしれないが、源融邸跡を期待して上ってきた平和堂には、この荒野は衝撃だった。<br />忘れ去られうち棄てられた旧跡。<br />左大臣まで務めた元皇族が、この地に目を掛け格別に愛して、京都に移そうとしたなんて、こんな名誉なエピソードを語らずして、何を語ろうと言うのか、塩釜市。<br />マグロの漁獲高を誇っている場合じゃないだろう、塩釜市。<br />スイーツの名店なんか集めて、「知れば知るほど、おいしおがま～」なんて、」苦しい洒落をひねってる場合じゃないだろう、塩釜市。<br />なんで、源融で、光源氏で、町おこしをしようとしないかな。<br />源氏物語成立一〇〇〇年記念で、源氏ブームの今、これに乗らねば、塩釜市の浮かむ瀬はあるのか。<br />市民でもないのに、融が岡の惨状を見て、ショックのあまり、呆然とした平和堂は、塩釜市長に、この旧跡の整美について掛け合いたくなってしまった。<br />いや、塩釜市長に掛け合う前に、平和堂には平和堂の闘い方というものがある。<br />私の書くこの小説が大評判になって、融の出身地・塩釜市が全国１千万の読者の巡礼地となり、その姓の由来となった源融と塩釜の謂れが再び語られはじめ、ここ融が岡を、人々が引きも切らずに訪れるようにもなれば、市も、おちおち荒れ野原にしてもいられないのではないか。<br />さすれば、おのずと、整美の手も入ろうというものではないか。<br />ようしわかった！<br />私の残る半生を、融が岡復興に捧げよう！<br />塩釜市長が立ち上がらないなら、塩釜市民が立ち上がらないなら、この私が立ち上がろうではないか、全然関係ないけど！<br />塩釜市長に掛け合うとしたらそのあとだ。<br />&#30444;竈神社に当世一流の能楽師を終結させて、「融」を奉納させましょう、市長！<br />その能の催しに、地域の中学・高校の生徒を招待し、地域住民の意識向上を図りましょう、市長！<br />次世代の育成こそが、市の生きる道です、市長！<br />なんか燃えた平和堂であった。<br /><br />荒れ果てた塩竈公園にいつまで突っ立っていても仕方がないので、そこらへんの住宅街を散策。<br />融の実家があったのは、きっとこの辺だよね、と、泉ヶ岡周辺を、まちかどウォッチング。<br />と言えば罪がないように聞こえるが、要は、人間ストリートビュー、よそ様のお宅を、外からではあれ、じろじろ見て回っては、あれやこれやと批評するのである。<br />挙句の果てには、気に入った家を、「決めた！これが融の家だ！」、いや、藤原さんのお宅ですって－－；<br />だが、こうした実地の調査が、あとあと、創作で実を結ぶのである。<br />具体的なイメージを持つことはものすごく大事だ。<br />それをそのまま描写するわけではないが、根底に具体的なイメージを持って書くのと、全然知らないで、勝手な空想だけで書くのとでは、リアリティーが全然違ってくるのだ。<br />筆致も違う。<br />見たこともない町の、見たこともない裏通りとか、見たこともない芝居の、見たこともない稽古場なんかを描写していると、どこかおっかなびっくり、全然違っていたらどうしよう、現実からかけ離れていたらどうしよう、と、さも自信なさげな文章表現は、遠慮がちで小心で、イジイジしていて卑屈だ。<br />実際に見たことがあるものを描き出そうとするときは、細部が少々事実と食い違っていようが、大元のところがリアリティに根を下ろしているという自信があるから、思い切りがあり、大胆で、堂々と嘘が吐けて、その嘘は限りなく本当らしくなるのだ。<br /><br />「おっ、学校がある」<br />「塩釜一中じゃない？」<br />違うらしい、高校だ。<br />宮城県Ｓ高等学校。<br />入ってみたいが、それはもう不審者だよな、このご時勢・・・<br />「ここ、校舎は新しいみたいだけど、どうなんだろう、新設校かな？」<br />「さあ、校舎だけ建て直した、結構、古い学校かもしれない」<br />「融の母校に、イメージ合う感じ・・・」<br />急な坂道の上にあるこの高校、「この坂道を、うぉ～、遅刻する～！とか言って、毎朝、駆け上がっていたとしたら、融さんの俊足もうなずけるよね・・・」、Ｍちゃんのこの一言が決定打となって、めでたく、融の出身高校も決定。<br />家から近いというだけで、ここに進学を決めたであろう、深く考えない融の生き様が手に取るようでございます。<br />願わくば、ここの偏差値があまり高くありませんように・・・<br />後輩の津田は頭脳明晰、先輩の融は・・・・・・、という設定なのだ。<br />したがって、津田の出身高校は、必然的に決まっている。<br />実在の劇団ＬのＳ世Ｋ司の母校とかぶってしまうので、本当は望ましくはないのだが、この県で随一の進学校と言ったら、そりゃ、とりあえずあそこっきゃないですから。<br />ええ、Ｓ弐高ですとも。<br />うちに帰って調べたら、津田の出身高校候補のＳ弐高、偏差値７０、融の出身高校候補の宮城県Ｓ高、４６。<br />願ってもないナイスな数字が出ました＾０＾<br />融の母校は、もう一声、低くてもいいくらいなんだが・・・ちょっとお利口すぎるかな。<br />この高校の教育方針もものすごく気に入ったが、明記すると白々しい伏字が意味を成さなくなるので、あえて書きません。<br />興味のある方は、学校ＨＰを御検索ください。<br />感動するよ（うちから近いという理由だけでここに進学を決めた融は、入学早々ガツンとやられたであろう。そういう経験が大切なのだよ、うんうん）。<br /><br />さて、源融の逸話を語る旧跡は、荒れ果てた融が岡より他には何も見当たらず、さらにそれを語り継ぐ案内資料はもっとなく、平和堂の妙なところに火をつけた塩釜ウォーキングだったが、あとで調べたところによると・・・<br />源融ゆかりの遺跡は、この辺じゃなく、多賀城周辺にいくらかはあるようであった。<br />また、源融は、元皇族の高位の貴族であるため、陸奥出羽按察使には任ぜられたものの、遥任であり、実際には陸奥国を訪れてはいない、という説が有力。<br />じゃ、種の落としようもないわな。<br />ま、そんなこた、どっちでもいいんだがね。<br />大事なのは伝承。<br />事実ではない。<br /><br />Ｍちゃんの心残りは、<br />「噂の塩釜スイーツが、何も食べられなかった・・・；；」<br />うんうん。<br />胃袋に限界があるというのは、恨めしいことだねえ。<br />教訓。「旨いものは若いうちに食え」。<br /><br />旅の最大の目標、宮城弁探索はどうなった？<br />いよいよ憧れの地・仙台へ移動！<br />忘れられない味その二、「花咲牛たん」？<br />松島・塩釜・仙台紀行５に続く。</span></span> ]]>
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<dc:subject>ほのぼの</dc:subject>
<dc:date>2009-10-03T00:56:47+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
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<title>松島・塩釜・仙台紀行３</title>
<description> 歩き疲れと、ちょっとワインを飲んでいたのとで、むくみが心配だった平和堂の脚は、Ｍちゃん懇親のマッサージのおかげで、夜中二回もトイレに立ち、すっきり快調！今日も歩けるぞ！ホテルでバイキング朝食をいただき、お土産物を物色。萩の月とか、駅でも買える重いものは最後でいいとして、ここで心を惹かれたものだけを買おう、と、あれやこれやと見ていたら、試食コーナーにあった白いふわふわのせんべいに目が留まる。「松島こ
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<![CDATA[ <span style="color:#9933ff"><span style="font-size:x-small;">歩き疲れと、ちょっとワインを飲んでいたのとで、むくみが心配だった平和堂の脚は、Ｍちゃん懇親のマッサージのおかげで、夜中二回もトイレに立ち、すっきり快調！<br />今日も歩けるぞ！<br />ホテルでバイキング朝食をいただき、お土産物を物色。<br />萩の月とか、駅でも買える重いものは最後でいいとして、ここで心を惹かれたものだけを買おう、と、あれやこれやと見ていたら、試食コーナーにあった白いふわふわのせんべいに目が留まる。<br />「松島こうれん」。<br />試食してみるが・・・なんだこれ・・・この味はいつか・・・どこかで・・・いつだったか、どこだったか・・・でも、たしかに覚えがある・・・なんだっけ、これ、なんだっけ・・・<br />味覚の記憶を必死でたどっていると、Ｍちゃんが、<br />「ああ、あれでしょ？赤ちゃんの離乳食のおせんべい」。<br />それだあっ！<br />上の子の主なぐずり止めだった「あかちゃんせんべい」。<br />まさにそれ、その味だった。<br />いつか・・・１０年前。<br />どこか・・・奈良市五条畑周辺。<br />でした。<br />結局、買ったのは、「玉虫塗」という製法の漆器製品。<br />自分の記念品としては細長い花器を、友達へのお土産としては夫婦箸をＧＥＴ。<br />どちらも萩の蒔絵で、独特の光沢が美しい。<br /><br />松島海岸への巡行バスが来るまでの三十分ほどを、ホテルのティーラウンジでお茶を飲んで過ごす。<br />お水をぶっこぼす平和堂。<br />嫌な顔もせず拭いてくれるボーイ。<br />これまた美男。<br />なんだ、なんなんだ、宮城のサービス業従事者！<br />Ｍちゃんが、新聞を取りに立って行き、平和堂は、ものすごく大事なことを思い出し、突如、立ち上がる。<br />「それ！！それが要るの！河北新報！！！」<br />よく思い出させてくれました。<br />作品中に登場する新聞なので、ぜひ１部は購読しておかねば、と思っていたのであった。<br />ただ、気になるのは購読率。<br />宮城県、または仙台市内の、実際、何割くらいの世帯が、河北新報を購読しているのであろうか。<br />やはり、朝日や毎日、読売が主流なのか。<br /><br />松島海岸に着いたのは１１時過ぎだったか。<br />船着場で、昨日の切符で今日の船に乗せてもらえるか、一からしゃべりなおすＭちゃん。<br />どうも、名前を言ったら話は通る、という雰囲気ではなく、この辺は東京並みに全然通じてない感アリアリだったが、結局のところ、こっちの係員さんも、<br />「問題ないんじゃない？次のに乗る？１１時半。３０分おきに出るからね。その次のだと、１２時だね」<br />あっさりＯＫを出してくれたのであった。<br />切符の日付なんかどうでもいいらしい、鷹揚な人々。<br />一万円と千円の区別なんかどっちでもいいらしい大阪北浜の三越百貨店の店員みたいに、細かいことは気にしない、気にならない、のだろうか。<br />なんだかさあ、おおらかでいいよね～、と、肩の力がふーっと抜ける。<br />融の大雑把さは、こういう、漁師町の人々の性質を受け継いでいるのであろう。<br /><br />まん前の瑞巌寺と、Ｍちゃんはぜひ五大堂を見たいと言うので、慌ててベイクルーズに出発するまでもなく、一応、観光を。<br />・・・禅寺なんだ。<br />いろいろ歴史の勉強になりつつ、「雀おどり」がものすごく気になる二人。<br />勘で踊るＭちゃん。<br />まー、伊達政宗のことは、明日、青葉城址にも行くし、そのときでもいいんだけど、瑞巌寺ですでにだいぶん勉強できて、なんだかお得な気分だった。<br />ほぼ実物大とされる甲冑姿の像は、隻眼ではなかった。<br />本人の遺言により右目を復元、とあって、本人って、政宗君本人？<br />隻眼だったことにコンプレックスがあったのかなあ。<br />てっきり戦傷で目を傷めたと思っていたのだけど、子どもの頃の疱瘡が原因だったのか。<br />ししゃねがったなや～。<br />だとすると、きっと、あばたも残っていただろうし、伊達政宗といえば「Ｄａｎｄｙ　Ｄｒａｇｏｎ」、漫画やアニメやドラマでは、戦国大名きっての美男に描かれることが多いが、実際のところはそうでもなかったのかもしれない。<br /><br />結構、長々と瑞巌寺にいて、時間も時間になってしまったので、五大堂はあきらめて、ベイクルーズに出発。<br />かっぱえびせんにたかってくるカモメ、ちょっとコワイ＾＾；<br />これが、松島かあ。<br /><a href="http://blog-imgs-34.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/2009100217351307b.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-34.fc2.com/h/e/i/heiwadobooks/2009100217351307b.jpg" alt="松島縮小" border="0" width="225" height="168" /></a><br /><br /><br />天気も良かったので、海は広々と見渡せて、点在する島々も美しく、なるほどの絶景を満喫。<br />５０分ほどのクルージングで、塩釜港に到着。<br />う～ん、やっぱり、乗れて良かった、船＾＾<br />ありがとう、Ｍちゃん。<br />ありがとう、大雑把でいい加減な松島湾の人々。<br /><br />マリンゲート塩釜に降り立ち、平和堂は、昨日からどうも気になっていた、「塩釜の浦の謎」に、いよいよ深刻に向き合うことになった。<br />塩焼きの風景で古典の常識とされている、「みちのく」の「塩釜の浦」っていうのは、まさにここ、だよね？<br />河原左大臣源融が、この浦曲の風景に魅せられ、京の自邸の庭園に、この地の風景を模し、海水を導き入れて、塩焼きの業を再現させたと言われる、その、塩釜の浦、だよね？<br />プチ・トリアノンが裸足で逃げ出す壮大な造園だと思うが、どこにもそんな謂れを書いた資料がないのだ。<br />何かありそうなものなのに。<br />マリンゲートの入り口や周辺に、「塩釜の浦へようこそ」とかの立て看板があり、そこへ、この地の由緒が長々と書かれていて然るべきなのに、・・・何もない。<br />ええっ。<br />私は、大いなる勘違いをしていたのだろうか。<br />ここが「あの」塩釜だと思っていたのだけど、違ったのか？<br /><br />作品の主人公の姓を「融」としたのは、能の曲名からの命名である。<br />さらに、強いて言うなら、子どものかかりつけの女医さんの姓がそれで、常々、能「融」を連想して、名でなくて、姓で「融」というのがあるんだなあ、カッコイイ、と思っていた、ということがあったのだった。<br /><br />能「融」は、最も美しい秋の能で、平和堂最愛の名曲の一つである。<br />筋はなんちゃない、嵯峨天皇の皇子に生まれるも、臣籍降下して源姓を賜り、源融と名乗った平安の貴公子が、潮汲みの老人に姿を託して、月を愛でてこの世にさまよい出し、旅僧の夢かうつつのはざまで、かつての都人の優雅な姿態となり、遊興の舞を舞って消え去る、という単純な曲だ。<br />小書の数がモノスゴイ。<br />思立之出、十三段之舞、舞返シ、酌之舞、今向返・・・もし、全部付けたらどんなことになるんだろう・・・＾＾；<br />この世を恨んで化けて出てきて、坊さんに菩提を弔ってくれるように頼んで消え失せる、というような、能の常套的なありようのシテではなく、純粋に名月に魅せられてふらふらとさまよい出してくるのんきでお気楽なお公家さんの幽霊、というのが、なんとも罪がなくて良いではないか。<br />ジメジメした陰気臭さがなく、だからと言って、カラッとして無限に明るいとか、スカッとするとかの、神事物の能とは全然違う。<br />もとは鬼の能だったとされ、現在でも五番目物として扱われる「融」は、洗練された美意識だけが根底をなす、世阿弥の傑作、名曲中の名曲だと思う。<br />謡の文句や、節もまたいいんだよな・・・<br />しかも、泣ける盤渉早舞だよ；；<br />究極の美だよね。<br />これでもか、というほど、都会的で洒落ている。<br />シティーボーイ源融の、磨き抜かれて鋭敏な美意識が如実に浮き彫りにされた、まさに「みやび」の能なのだ。<br /><br />宮城県出身の主人公の姓を「融」としたのは偶然だったのだが、あとになって、塩釜市が宮城県内にあると知り（何せ、地理に疎いので。宮城県は全部「仙台」だと思ってた人間ですから）、「塩釜って、あの塩釜？源融ゆかりの？じゃあ、融は塩釜市出身ってことにしたら？うん、仙台市の出だって言うより、断然、そっちのほうがリアル！融は、源融の御落胤の家系なのかもね（その割には、すっかり零落したと見え、畏き皇胤のお血筋は、影も形も見えないが・・・＾＾；）」、こんなふうに、小さなインスピレーションが偶然の一致を呼んで、話がつうっとつながっていき、イマジネーションが広がっていくとき、平和堂は、創造の神の存在を思うのだ。<br /><br />ところが、「あの」塩釜、と思って、来てみた塩釜には、源融を語る何物もないのであった。<br />これはいかなこと？！<br />私の勘違いだったのか？<br />能「融」で謡われている「塩釜の浦」とは、そして、古典常識でもある源融の愛した塩釜の光景の「塩釜の浦」とは、ここではなく、どこか別の「塩釜」だったのか？<br />平和堂は、「なんでこの人はいきなりお経を唱えだしたのだろう」と言わんばかりのＭちゃんのドン引きを尻目に、ぶつくさと謡曲を謡いだすのであった。<br />「謡」は、節とともに平和堂の長期記憶にインプットされている情報なので、「暗誦」しても続きが出てこない。<br />節を付けて（どうかするとモチまで付けて）、謡わなければならないのだ。<br />その代わり、学生のときに、なんかの機会で謡った曲は、２０年以上経った今でも、たいがい謡えてしまう。<br />「融」なんか、自演会か学連の春季大会かで、同期のばれちゃんが舞囃子でやった曲で、平和堂は地頭についていたから、後シテの出から全部謡える・・・はずだ。<br />うん？たしか、自分も仕舞でキリだけ舞ったことがあったか？どうだったっけな？<br />まる先輩が舞ったのは覚えているが、自分が舞ったかどうかは記憶が怪しい。<br />そういうことは忘れる平和堂であった。<br /><br />「忘れて年を経しものを～、また古に帰る波の～ぉぉ～、満～つ塩釜の浦人の～、今宵の月をみちのくの～・・・みちのく、だよねえ、東北には違いないんだよねえ・・・、千賀の浦曲も遠き代に～・・・千賀の浦、って、松島湾のことだよね、今、船のガイドアナウンスでそう言ってたよね・・・、その名を残すまうち君～、とお～ぉおるの大臣とは、我が事なり～ぃぃ～～。<br />我、塩釜の浦に心を寄せ～ぇぇ～、あの籬が島のぉ松陰に～・・・籬が島だよね、あの、鳥居のある島、そうだって言ってたよね・・・、名月に舟を浮かめ～ぇぇ～、月宮殿の～ぉぉ～、白衣の袖も～ぉぉ～、三五夜中の新月の色～ぉぉ～。千重振～ぅるや～、雪を廻らす雲の～ぉぉ袖～。<br />差ぁすや桂の枝えンだに～、 光を花と～ぉぉ～、散～らす～ぅぅ～粧ひ～ぃぃ～。<br />こ～こぉにも名に立つ白河の波の～ぉぉ～、あ～ら面白や、曲水～ぃの盃～。<br />受～けたり受けたり～ぃぃ～、遊～舞のそ～ぉぉ、ぉ～で～ぇぇぇ～」<br />ここでお笛がヒヤヒッヒ～～、と鳴り出して、おもむろに達拝、美の極致たる盤渉早舞に突入。<br />期待でぞくぞくする瞬間。<br />高い調子の笛の旋律が切なくて、平和堂は、涙なしに盤渉調の調べを聴けない。<br />エエなあ・・・今すぐ見たい、「融」（Ｏ西智久師限定。学生のとき、なんかめっちゃ遠いとこまで追っかけて、この人の「融」を見に行ったような記憶が・・・）。<br />「あら面白の遊楽や、そーも明ー月のーその中に、まーだ初ー月のー宵々に、かーげもー形もー少なきは、いーかなるー謂れーなるらん～～～～」<br />モチの付いた状態で覚えているのは、舞囃子の地謡に付いたからだ。素謡で覚えた曲は、拍子合の件がモチなしでインプットされる。<br />「それは西岫に、入日のいまだ近ければ～ぁぁ～、その～影に～隠さるる。<br />た～とえば月のある夜は～ぁン～、星の薄きがごとくなり」<br />拍子の位置さえ正確に覚えている。<br />六つ拍子踏みながら右ウケ、だよね？<br />ん？舞の型まで覚えてるっていうことは、やっぱり、自分も舞ったのか？<br />う～ん、私が、「融」をか？４回生あたりで、なんか小さい催しのときにでも？<br />こんなキャラに合わないもの、師匠のお許しが出たろうか・・・<br />「海士」はたしかに舞ったし、写真も残ってるけど、「融」を舞ってる写真なんかないような気が・・・<br />「青陽の春の初めには、霞む夕べの遠山～。<br />黛の色に三日月の、影を舟にも喩へたり」<br />シテと地謡との掛け合いが優雅。<br />地頭とぴたっと息が合ってなくては格好のつかない、この美しいキリ。<br />「まーた水ー中のー遊魚はぁン～、釣りー針とー疑ごぉぉ～。<br />雲上の飛鳥は、弓の影とも×、驚く」<br />絵に描いたような風景美だ。<br />だって、想像してご覧よな！<br />三日月が水に映って、舟のようにも見え、お魚はこれを釣り針かと思い、飛ぶ鳥は弓の形かと思うのよ。<br />ファンタジーではないか。<br />美しい。美しいよね・・・<br />恐ろしい文才だ、世阿弥！<br />「い～ち輪も～降らず～ぅぅ～、ば～ぁん水も～昇らず～、鳥は～、池ぃ辺の～、木にしゅ～くし～ぃぃ～、魚は～月下の波に伏す」<br />漢文訓読調の硬い文体のうちにメルヘンが・・・；；<br />「聞くとも飽かじ秋の夜の、鳥も鳴き、鐘も聞こえて、月もは～ぁぁや～～～～、か～げぇかぁた～むきて～、明け方の～ぉぉ～、雲ーとなりー雨となる、こぉのぉ光陰に誘はれて、月の都に～、入りー給ぉー粧ひ～ぃぃ～。あら名残惜しの、面影ぇや～ぁ～、名残惜ぉしの、面影～」<br />絶妙の体言止め。<br />このセンスが世阿弥の天才を余すなく語っている。<br />ここを体言止めにするかね、ふつう！<br />この能を書いたとき、世阿弥は、絶好調にノっていたに違いない。<br />神の業だ。絶対、なんか降りてる。<br /><br />結局、塩釜と関係ないところまで全部謡ってしまった。<br />途中からは、謡の美しさに魅せられて、塩釜近辺の地名はどうでもよくなってしまっていたが、でも、この「興に乗って」というのが、能「融」のコンセプトの真髄だからね。<br />これでいいのだ。<br />閑話休題、どう考えても、これ、やっぱり、ここ、この塩釜のことだよね。<br />おかしい・・・なんで、この地には、源融について触れる記事が、何一つないのだろうか。<br />あたかも、忌み事として封印されたかのごとく・・・<br /><br />そうは言ってもさすがに&#30444;竈神社には、何か謂れ書きがあるかもしれない。<br />しょぼい神社かもしれないが、一応、観光がてら行ってみようではないか。<br />とっとこ歩いて、裏参道から&#30444;竈神社へ。<br /><br />ところで、「塩釜」「塩釜」と表記してきたが、「塩釜市」の「塩釜」は、本当は「塩竈」と表記するのが正しい。<br />どっちみち、ＰＣで出せる書体では、点画を略した字しか出ないから、通用字として認められている「塩釜」表記で統一してきたが、塩釜市のＨＰには、「竈」が本来であると明記され、「竈」の字の筆順まで説明されている。<br />正しい用字はこちらを参照されたい。<br /><br />http://www.city.shiogama.miyagi.jp/html/service/kamado/index.html<br /><br />&#30444;竈神社はいかなる社か？<br />源融左大臣の謎は？<br />松島・塩釜・仙台紀行４に続く（すんません、当分、続きます＾＾；）。</span></span> ]]>
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<dc:subject>ほのぼの</dc:subject>
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<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
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<title>松島・塩釜・仙台紀行２</title>
<description> ベイクルーズは二日目に延期となって、安心して、塩釜マリンゲートで、ずんだジェラートを食べた。ん～、まーふつー。枝豆のツブツブが、ちょっとユニークな食感。お土産屋さんを、ちょっと物色するうち、「仙台四郎さん」なる謎のキャラクターに引っかかり、お土産売り場のおばちゃんに説明を受ける。仙台の「福の神」。商売をしている家には、必ずこの仙台四郎の肖像が、店の正面を向いて飾ってあり、商売繁盛を祈念してある。ユ
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<![CDATA[ <span style="color:#9933ff"><span style="font-size:x-small;">ベイクルーズは二日目に延期となって、安心して、塩釜マリンゲートで、ずんだジェラートを食べた。<br />ん～、まーふつー。<br />枝豆のツブツブが、ちょっとユニークな食感。<br /><br />お土産屋さんを、ちょっと物色するうち、「仙台四郎さん」なる謎のキャラクターに引っかかり、お土産売り場のおばちゃんに説明を受ける。<br />仙台の「福の神」。<br />商売をしている家には、必ずこの仙台四郎の肖像が、店の正面を向いて飾ってあり、商売繁盛を祈念してある。<br />ユルい人で、ろくに口もきけなかったが、いつもニコニコと笑顔で、この人が店にいると、他の客が必ず寄ってきたので、その店は自然に繁盛したそうな。<br /><br />ところで、肝心の宮城方言は、なかなか聞けない。<br />船着場の係員のおじさんも、お土産売り場のおばちゃんも、割と結構な年配なのに、一向に宮城弁をしゃべらない。<br />わずかに「宮城の地ビールどう？おいしいっちゃ」などと言ったりするが、基本的に、観光客向けにきちんと標準語でしゃべる習慣がついているらしく、やはり、地元民同士の会話を、それとなく盗み聞きするより他に方法はなさそうである。<br /><br />本塩釜の駅からマリンゲートまでは、かなりあった気がしたので、タクシーで駅へ戻るが、寿司屋を探して遠回りしたせいでそうなっていただけで、実は割と近かったことは、着いてからわかった。<br />タクシーの運転手さんは、近くても嫌な顔もせず、「どちらからいらしたんですか。東京？ほう、ご出身は大阪？私の親戚もねえ、大阪にいますのでねえ」、やたらと愛想がいい。<br />「へえ、大阪、どちらです？」<br />「ええ、姫路とかねえ」<br />「はあ、兵庫ですね」<br />「明石とかねえ」<br />・・・・・・。<br />この運転手さんにとっては、関西圏は全部「大阪」なのだ。<br />姫路や明石は兵庫ですよ、とか、細かいことは指摘するまい。<br />どっちみち、姫路も明石も「神戸」のうちだ。<br />この際、大阪まで拡大したって、どってこたない。<br />大雑把にいきましょう。<br />私だって、宮城は全部「仙台」だと思ってここへ来たんだし。<br />偉そうなことを言えた義理ではないのだ。<br /><br />一時間に二本しか来ない仙石線を、なんとか多大なタイムロスもなくつかまえて、夕方も遅くなってから辿り着いた松島海岸。<br />１００円の巡行バスに乗って、本日の宿・ホテル松島大観荘へ。<br />華奢な腕で、私たちの大荷物を全部持ってくれた、お部屋担当のお姉さん。<br />「お部屋の説明をさせていただきます＾＾」<br />歯切れ良くニコニコと愛想良く、電気のつけ方や非常口などの説明をしてくれるお姉さん。<br />「何か、ご質問はございませんか？」<br />部屋の設備やホテルの施設についての質問を想定しているに決まっているのに、「ずんだ」の定義について質問する、信じられないほど空気の読めない中年女性二人連れ。<br />それなのに、「そういうことじゃなくてさあ・・・」という顔もせず、「そうですね・・・うどんに枝豆のつぶしたものを練りこんだのを、ずんだうどんと言いますから・・・必ずしも砂糖を混ぜて甘くしたものだけを、ずんだ、と言うのとは違うかもしれませんね・・・」、マニュアルには決して書いてないだろう質問を、真剣に、一生懸命考えて、答えてくれようとするお姉さん。<br />宮城の人、みんなやさしい；；<br />誰だ、東北人は陰険だなんて言ったの（お前だよ）。<br /><br />先に大浴場で入浴してから、七時半という一番遅い時間にレストランに入り、パックになっているフレンチのフルコースをいただく。<br />オードブルもスープもお魚満載。<br />しかも劇ウマ。<br />「なにゆえこのようにおさかなが！？」<br />ワインが入って、いつにも増して饒舌になった平和堂は、ギャルソンに絡むのだが、絡まれたギャルソンも、これまた愛想良く、しれっとあしらうのである。<br />「やはり、海の幸をふんだんに盛り込みまして・・・」<br />「あっ、そうか～、ここ、思いっきり、シーフードレストランて銘打ってるよね！」<br />「はい、松島近海で獲れました新鮮な魚介類を使っております。へへっ」<br />「へへっ、て、お兄さん＾＾；」<br />「あ、失礼いたしました＾＾；」<br />若いんだねえ、ときどき、こやって地が出るんだね。<br />デザートの盛り付けも芸術的。<br />さっきのギャルソンよりまだ少し若い、あどけなささえ残るギャルソンヌが、「当店自慢のシェフが、チョコレートを、貼り付けるやつでこうやって～、ぺラッと剥がして、そういう模様にするんですよ～。厨房で見てました」、軽～くヘラヘラ～っとギャルっぽくしゃべるのだった。<br /><br />ところで、なんなんだろう、サービス業従事者が、みんなきれいだ。<br />顔で採用しているのか？！と勘繰りたくなるほど、男も女も、揃いも揃って見目麗しい。<br />北の人は、肌の色が白いからなあ。<br />色の白いは七難隠すが、そもそも七難なんかないような人々が、美貌の上にさらに色白で、まんず、みんな、ちれいだごだ～。<br /><br />パックツアーのサービス企画で、夜、お部屋に３種のスイーツのサーヴィスが。<br />遅い夕食でお腹いっぱいだったのと、しつこく仕事があったのとで、食べるのはだいぶ後回し。<br />平和堂が使えないエクセルを、Ｍちゃんはサクサクと使いこなし、平和堂が、<br />「このデータをこうやってこうやってこうやって欲しいの！」<br />と言う要求に合わせて、完璧に間違いなく、しかも早く、言ったとおりに言ったとおりのことをやってくれたのであった。<br />今時、なかなかいません、「言ったとおりに言ったとおりのこと」をやってくれる人。<br />感謝です；；<br />お蔭様で、仕事も終わり、めでたくスイーツにありつけたが・・・<br />３種類とも、お味のほうが・・・－－；<br />どういう味覚をしてればこういう仕上がりになるのか・・・と、首を傾げたくなる、不思議な味わい。<br />この旅行中、一番、意味のわからない味でした。<br /><br />さあ、翌日は、松島か～らふ～ねに乗って塩釜に着いた～♪という、この旅行中最大の収穫、塩釜散策の一日！<br />平和堂が、塩釜市に、残る半生、身を投じよう、とまで思い詰めた、究極の一日です。<br /><br />松島・塩釜・仙台紀行３に続く。</span></span> ]]>
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<dc:subject>ほのぼの</dc:subject>
<dc:date>2009-09-29T23:44:06+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>松島・塩釜・仙台紀行１</title>
<description> Ｉ　Ｌ&amp;#9825;ｖｅ　Ｓｅｎｄａi！新作の取材旅行に、行きたい行きたいと切望していた約半年間でありましたが、私にしては早くも実現しました。行ってまいりました、憧れの、杜の都・仙台！てか、宮城！今度の新作の劇団ものは、主人公・融と津田なる二人の劇団員が、バリバリの宮城弁炸裂トーク！という、平和堂作品にありがち～な強引なコンセプトなので、どうしてもどうしても、宮城方言探索の旅に出なければならなかったのであ
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<![CDATA[ <span style="color:#9933ff"><span style="font-size:x-small;"><br />Ｉ　Ｌ&#9825;ｖｅ　Ｓｅｎｄａi！<br /><br /><br />新作の取材旅行に、行きたい行きたいと切望していた約半年間でありましたが、私にしては早くも実現しました。<br />行ってまいりました、憧れの、杜の都・仙台！<br />てか、宮城！<br /><br />今度の新作の劇団ものは、主人公・融と津田なる二人の劇団員が、バリバリの宮城弁炸裂トーク！という、平和堂作品にありがち～な強引なコンセプトなので、どうしてもどうしても、宮城方言探索の旅に出なければならなかったのであります。<br />平和堂は、国語学、日本文学に関してだけは、決して、テキトー・いーかげんなことは、したくありません。<br />方言描写はその最たるものです。<br />実際に耳で聞いたこともない仙台弁を描写するのは、ものすごく神経を遣う仕事です。<br />調べ始めた当初、参考資料として覗いた仙台弁サイトに書き込んである地元の人のコメントらしき文章は、字面を追っていてさえ、何が書いてあるのかさっぱり理解できませんでした。<br />ところが、勉強、いえ、べんちょうが進んできますと、わかるようになってくるのですよ、これが、恐ろしいことに。<br />仙台という都市においては、若い世代はもう方言を使わないということは知っています。<br />ほぼ標準語に近い言葉を話すそうです。<br />でも、私の書いている話は、方言が重要なテーマの一つにもなっているので、この世代の人間が、こんなふうにガチの宮城弁で会話することなんて実際にはない、とわかっていても、ぜひそうしなければならなかったのです。<br />だから、仙台市内から少々外れてもいい、主人公たちの年齢の倍以上いってるような人たちの会話でもいいから、なんとか、地元の人の生の言葉を聞いて、その抑揚、リズム、発声を、自分の耳に染み込ませてこなくては、と、切実に思っていたのでありました。<br /><br />そして、この作品の数少ない読者の一人である友人Ｍちゃんと、女二人の水入らず二泊三日旅行に出発したのであった。<br />「やまびこ」を、「ひかり」とか「こだま」とか「のぞみ」とかと同列の、新幹線の名称だとは知らなかった平和堂。<br />東北新幹線には「ひかり」とか「こだま」は走ってないのだと知らなかった平和堂。<br />「やまびこ５３号の乗車券、指定席券をお取りしました」と言ってくれる、びゅうプラザ船橋のお姉さんに、「なあんだ、新幹線じゃないのかあ、ふつうの特急かあ」と思ってしまっていた平和堂。<br />東京より東に行ったことなかったんだもん；；<br />ＪＲ東海と、ＪＲ西日本しか、乗ったことなかったんだもん；；<br />この二線とも「ひかり」や「こだま」や「のぞみ」が走ってるから、まさか線によって走ってる新幹線が違うなんて、夢にも思わなかったんだもん。<br />北は青森から南は博多まで、「ひかり」と「のぞみ」が縦断してるんだと思ってたんだもん。<br />だいたい、そこからの出発だったから、旅慣れたＭちゃんに何もかもお任せの、おんぶに抱っこ旅行になることは、この時点で目に見えていたのである。<br />ごめんね、Ｍちゃん・・・；；<br /><br />半日、大宮で仕事があったので、朝からは出かけられず、１時０６分大宮発の新幹線やまびこ５３号に、東京から乗ったＭちゃんと乗り合わせて、めでたく出発。<br />新幹線の中でも仕事をする平和堂。<br />文句も言わずに黙々と手伝うＭちゃん。<br />大宮からは１時間半くらいで仙台着。<br />あっという間じゃん。<br />関東圏に住んでるってすごい。<br />東北が「遠くない」。<br />こんなの、関西にいたときには、考えられなかった感覚だ。<br />そのかわり、九州がべらぼうに遠くなったけどね（当たり前でがす）。<br /><br />１泊目は松島なので、せっかく着いた憧れの仙台を尻目に、さらに仙石線に乗って、ちんた～らちんた～らと本塩釜まで。<br />ここでお寿司を堪能し、塩釜マリンゲートから松島ベイクルーズを楽しんで、海路で松島へ、というゴキゲンなパックツアーのコースに、ニッコニコの平和堂とＭちゃんであった。<br />・・・はずなのに。<br />旅慣れたＭちゃんが、がっちり調べてくれたことには、この時間だと、本塩釜に着くのが３時過ぎで、ベイクルーズは、３時半出航のが最後。<br />まっすぐ行っても、間に合うかどうか・・・<br />お寿司屋さんで食べずに、大急ぎで折にしてもらって船で食べるか、それで間に合わなければ、塩釜のお寿司かベイクルーズの、どちらかは諦めなければならない。<br />えええっ、そんなあ；；<br />お腹もすいたし、船にも乗りたいよう；；<br />「このツアーは、朝から出発してくることが前提みたいね。<br />昼から行ったら間に合わないのなら、何時以降出発のチケットは売らないとか、何時以降だと、ベイクルーズはできなくなるけどいいですか？って予め断るとか、何かはしないといけないはずなんだけどね」<br />落ち着いているＭちゃん。<br />旅行会社に怒りを募らせる平和堂。<br />「まあ、なんとかしましょう。今日の日付のこのチケットで、明日、お寿司が食べられるか、または、明日、ベイクルーズができるように、頼んでみましょう」<br />今日は今日、明日は明日だよ；；<br />そんな振り替え、できるわけない；；<br />旅行会社に責任があるんだから、旅行会社に正当に申し立てて、旅行会社が変更手続きをとるべきでしょ！と、がっちがちの理屈でものを考える平和堂と、「ええ～、この企画が楽しみで、ツアーに申し込んだのに、お寿司も食べられなかったし、船にも乗れなかったんですう～、って、言ってみるだけ言ってみるわよ。なんとかなるって。交渉ごとは任せといて＾＾」と、自力で情に訴えようとするＭちゃん。<br />どこかで見た光景だな、と思ったら、新幹線のチケットの日付をてめえで間違えておいて、昨日のチケットを今日に振り替えようとした妹にそっくりだった。<br />お・・・同じ人種なのか。<br /><br />本塩釜着は３時０８分。<br />Ｍちゃんは、ガイドブックで２日間かけて完全に地理を把握してきていて、あたかも地元民のように、「こっちよ、こっち。次の信号を右ね」と、サクサク案内して歩くのだった。<br />何・・・なんなの、この才能・・・<br />「でも、ずいぶん予習なさってるじゃありませんか！　もう、通りの名前も、みんな頭に入っているんじゃないですか？」<br />「・・・・・・」<br />ロンドンの地理を予習するドラキュラ伯爵が、ふと脳裏をよぎるのだった。<br /><br />ランチタイムでもディナータイムでもない、中途半端な時間の寿司屋は、どこもかしこも閉まっていて、空腹のまま塩釜の町を練り歩く中年女性二人は、いつまで経っても昼食にありつけないのであった。<br />人っ子一人通らないさびし～い漁師町・塩釜。<br />「ん～、この人通りでは、この時間に店を開けておけって言うほうが間違ってるよね」<br />相変わらず落ち着いているＭちゃん。<br />気のせいか、る～る～るる～、と、夜明けのスキャットが耳の奥で聞こえてきて、なんだか、この、なんにもない町、誰もいない町、塩釜が、早くも嫌いになりそうな平和堂。<br />いやいや、こんなことでこの町に負けてはいけない。<br />踏みつけにされてたまるもんか。<br />ここは、融の出身地候補の、大切な土地なのだ。<br />しっかり取材しなくては。<br />ふっ、いんじゃね？　このサビレ感が、むしろ。<br />そうだよ、北の国というのは、貧しいものなんだ。<br />寒いと、人間、卑屈になるよね（お前だけだ）。<br />だから、人格がじーっと凍てついて、腹を見せない、本性のわからない、言いたいことの二割も言わない、根に持つ陰険さが育まれるんだ・・・<br />空腹のあまり、東北全般に、いわれのない恨みをぶちまけようと、八つ当たる平和堂。<br /><br />３軒目の「亀喜寿司」がかろうじて開いていて、ようやく昼食にありつけた二人。<br />結構、高級店っぽいたたずまいで、田舎の漁師町のくせに生意気な店の構えじゃないのよ、と、いまだに空腹の恨みを根に持つ平和堂。<br />ところが、出てきた寿司の見事さに、しばし呆然。<br />海老の頭はちょっと怖いが、みそは旨い。<br />にこやかなお運びのおばちゃんが言う。<br />「さっと茹でてありましたから、それも召し上がれますよ」<br />ありまし「た」ってなんだ。<br />国語にうるさい平和堂。<br />調理場を覗いて、板前が海老の頭をこっそり茹でていたのを、この人は目撃してしまったのだろうか。<br />見てはいけないものを見たのか、この人は。<br />家政婦は見た！塩釜寿司名店殺人事件！？茹でられた海老の頭は語る。<br /><br />う・ま・い～～～～～；；<br />何これ、劇ウマ！<br />平和堂、こんな旨い寿司を食べたことなく、ニコニコを通り越してなんだか泣きたくなる。<br />「折にしてもらわなくて良かったね。<br />箱に詰まってたら、海老の頭は入ってなかったろうし、こんなにおいしく感じなかったかも」<br />お魚好きのＭちゃんもご満悦。<br />穴子と光り物はちょっと苦手な平和堂、江戸前かあ・・・と、見た目ちょっと引いたのに、穴子のやわらかさ、舌の上でとろっと溶ける繊細さに、生まれてはじめて穴子を旨いと感じ、してやられた気分に。<br />アジもスズキも、全然、臭みがなく、この世のものとも思えぬ美味絶佳。<br />マグロの漁獲高を誇る塩釜の寿司屋だけはあって、中トロの旨みはまた格別。<br />ボリュームも満点で、充分お腹いっぱいになったのに、一つ一つのネタをもう一度味わいたくて、もう一回、同じの握って！と言ってしまいそうになった平和堂。<br />明日も来ちゃいそうだね、と言うＭちゃんも、まんざら冗談でもなさそうな真剣な目つき。<br /><br />さびれた田舎町だなんて思ってごめんなさい、塩釜市民の皆さん。<br />なるほど、寿司名店激戦区と言われるだけのことはあります。<br />こんなおいしいものを、日々召し上がって暮らしておられる人々は、きっと心豊かでいらっしゃるに違いない。<br />いったん満腹にさえなってしまえば、寿司のあまりの旨さに、空腹の恨みははるかかなたに吹き飛んで、いきなり塩釜ファンになってしまう、超現金な平和堂。<br />ある意味、ものっそい素直。<br /><br />この店から、マリンゲート塩釜はすぐ近くなので、既に最終出航時刻はとっくに過ぎているが、一応、行ってみましょう、と言うＭちゃんに、これまた地元民のように案内されて、船着場へ。<br />係員のおじさんが、他の旅行者に、「今日の最終の船は、もう終わってるからねえ」と説明しているのを、ほら、やっぱりダメじゃん、乗れないものは乗れないんだよ・・・と、悲しくなる平和堂と、「ええ～・・・今日の船、終わっちゃったんですかあ？何時までだったんですかあ？」と、とっても残念そうに訴えるＭちゃん。<br />「じゃあ、これ、もう乗れないんでしょうか・・・今日の日付の切符なんですけど・・・」<br />「ああ・・・今日の日付のねえ。今日はもう最終の船が終わっちゃったからねえ」<br />「私たち、明日まで松島にいるんですけど・・・」<br />「明日ねえ・・・この切符で明日乗れないか、ちょっと聞いてみてあげるよ」<br />「ええ～、ほんとですかあ。すみませえん」<br />「・・・いいってよ！じゃあねえ、今日、松島に泊まるんだったら、松島から乗ってここまで来るといいよ。ここまで来てからまた松島に戻るっていうのもナンでしょ？」<br />「でも～、この切符、塩釜から松島へ一方通行で、反対はダメってことになってるんじゃあ・・・」<br />「いいよ、いいよ、名前、聞いといて、明日、松島から乗れるようにしといてあげるから」<br />「ほんとですかあ～？すみませえん、ありがとうございますう」<br /><br />・・・すごい。<br />こんな芸当、私には到底できない。<br />なんでこんな理不尽な要求が、この人が言うとすんなり通ってしまうんだろう。<br />こっちからは、こうしてくれのああしてくれの言わないのに、向こうに言わせてしまうんだからな。<br />人間味のなせる業か。<br />この人、幸せそうだもんなあ・・・<br />なるべくしてなっている幸せなんだねえ、つくづく・・・<br />物は言いよう、事は運びよう・・・<br />言いようも運びようもまずくて、だいたい貧乏くじを引き、幸薄い私には、幸福に生きてゆく知恵をしっかりと学んできたＭちゃんが、いっそ神々しくさえ見えるのであった。<br /><br />松島・塩釜・仙台紀行２に続く。</span></span> ]]>
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<dc:subject>ほのぼの</dc:subject>
<dc:date>2009-09-29T00:00:03+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
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<title>ご訪問ありがとうございます</title>
<description> ご訪問いただきありがとうございます。平和堂書店は、只今、仕事が超繁忙期で、ブログ更新が中断されております。せっかくご訪問くださったのに、新しい記事がなく、申し訳ありません。８月２０日以降、時間が出来ると思いますので、新作記事は今しばらくお待ちください。平和堂書店は健在、新連載の予定もあります！お見捨てなきよう、お願い申し上げます。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
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<![CDATA[ <span style="color:#ff6666"><span style="font-size:x-small;">ご訪問いただきありがとうございます。<br />平和堂書店は、只今、仕事が超繁忙期で、ブログ更新が中断されております。<br />せっかくご訪問くださったのに、新しい記事がなく、申し訳ありません。<br />８月２０日以降、時間が出来ると思いますので、新作記事は今しばらくお待ちください。<br />平和堂書店は健在、新連載の予定もあります！<br />お見捨てなきよう、お願い申し上げます。<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　平和堂書店<br /><br /> ]]>
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<title>第２５章－１３「命は終りあり、能には果てあるべからず」</title>
<description> 　一旦、母屋に引き取っていた明宏が、再び能楽堂のほうへ来て、幾らか荒っぽい手つきで、楽屋の襖を開け閉（た）てしている。基は、自分に用か、と、作物の片づけを中途に置いて、すっ飛んでいって師の傍（そば）に控える。「あのアホは」「は……」アホは、と、問われて、右奥の楽屋です、とは、答えようがない。だが、三人しかいない家で、どなたのことで、というわけにもいかない。基は視線で晴弥の居場所を示す。　「晴弥……！」
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<![CDATA[ <span style="color:#6666cc"><span style="font-size:x-small;">　一旦、母屋に引き取っていた明宏が、再び能楽堂のほうへ来て、幾らか<br /><br />荒っぽい手つきで、楽屋の襖を開け閉（た）てしている。基は、自分に用か、と、<br /><br />作物の片づけを中途に置いて、すっ飛んでいって師の傍（そば）に控える。<br /><br />「あのアホは」<br /><br />「は……」<br /><br />アホは、と、問われて、右奥の楽屋です、とは、答えようがない。だが、三人しか<br /><br />いない家で、どなたのことで、というわけにもいかない。基は視線で晴弥の居場所を<br /><br />示す。<br /><br />　「晴弥……！」<br /><br />明宏が、すらりと襖を引くと、果たして、晴弥は、装束の始末の途中で、重ねて<br /><br />積み上げた座布団に寄りかかるようにして眠っていた。明宏が小さく舌打ちを<br /><br />する。<br /><br />「気を張ってらしたんですね。お稽古も、ここのところ、ずっと、根、詰めて<br /><br />はりました。お疲れになったんですよ」<br /><br />基が弁解してやる。<br /><br />「こってり絞ったろうと思とったのに……。馬鹿者が」<br /><br />そう言う明宏も、晴弥を起こすまいとするらしい、声を落とすのである。<br /><br />　「宗家にどない報告するつもりやねん。頭が痛いわ。まったく、ろくでもない<br /><br />ことばっかり仕出かしてくれよる……！」<br /><br />基にも分かっている。師が、本心では、晴弥を叱りたくなどないことを。宗家の<br /><br />手前、まずい。それに尽きるのだ。<br /><br />　晴弥が、十回も二十回も『羽衣』を舞った、その経験の上でのことなら、小書の<br /><br />あるなしによるとよらずと、多少の変則的な演出は大目に見られたのである。<br /><br />だが、初演の舞台では、幾らなんでもまずかった。弱冠二十歳の若輩者が、<br /><br />生意気な。十年、早い。そういうことなのだ。<br /><br />　「これから先、一生のうちに、『羽衣』なんか近い曲、何十回、舞わないかんと<br /><br />思てるんや。やりたいことがあるんやったら、押しも押されもせぬ一人前の役者に<br /><br />なってから、なんぼでもやってみたらええ。何を焦って、初演の舞台で、いきなり、<br /><br />基本を逸脱したことを、わざわざする必要がある。並の能を完璧に舞ってみせて<br /><br />から、並以上のことはしたらええのや」<br /><br />　明宏は、寝入ってしまっている晴弥に垂れるべき説教を、居合わせた基に、<br /><br />懇々と垂れる。基は、師の思惑を、すでに正しく了解していて、自分が代わりに<br /><br />叱られる体（てい）で、黙って説教を拝聴する。これは、晴弥を、直接、叱りたく<br /><br />ない、明宏が、あとで晴弥にそう伝えておけ、と、あえて基に聞かせている<br /><br />説教なのだ。叱りたいはずがない。あれだけの能を舞って、すでに並でない<br /><br />力量があればこそ、初演でいきなり並の能を超えてしまった、天才の名声に<br /><br />恥じぬ我が子を、褒めこそすれ、どうして叱れようか。<br /><br />　だが、明宏には、Ｇ流職分家（しょくぶんけ）の当主としての、先代Ｇ流宗家の<br /><br />弟子としての、子に対する父としての、弟子に対する師としての、立場という<br /><br />ものがある。言いたくなくても言わなければ済まない、叱りたくなくても叱らず<br /><br />には済まない、そういう種類のことがある。<br /><br />　「だいたい、あえて小書やら付けて位を重（おも）うせんでも、能いう芸能は、<br /><br />基本の型こそが、一番、合理的に完成された形なんや。それを殊更いじる必要は<br /><br />ない。歴史いう偉大な観客に淘汰され抜いて、今の形が残っとる、それが<br /><br />古典なんや」<br /><br />それが、たとえ理論でしかなくとも、それを言わねばならない立場がある。<br /><br />　「目先の面白さにとらわれて、曲の本質を見失うんが、一番、怖い。今はそういう<br /><br />ことを勉強せなあかん時期や、と、あれほど言うとるのに、この馬鹿が」<br /><br />晴弥が、目先の面白さを志向して、あのような突飛な演出を試みたのでない<br /><br />ことは、明宏が、一番、良く分かっているはずだった。<br /><br />　基は、神妙に、明宏の言い古された説教を聴いているが、これを、晴弥に、<br /><br />逐一、伝えるつもりは、もとよりない。父にも基にも、今更、言われるまでもない。<br /><br />言われるほどのことは百も承知で、それでも、今、どうしてもやりたかった、今の<br /><br />自分の能をひとまず完結させたかった、晴弥の思いが、基には、なんとなく<br /><br />分かる。明宏にそれが分からぬはずがない。<br /><br />　「まだ先は長い。能の道は長いのに……、何を、生き急ぐような真似を……」<br /><br />明宏が口を噤（つぐ）んだ。それから、苦々しげに、「……もうええ。当分、<br /><br />謹慎や、と、言うとけ。理由は本人が良（よ）う分かっとるやろう。覚悟の<br /><br />上やろうからな」、吐き棄てて、楽屋を出て行った。<br /><br />「何か掛けたってくれ。風邪をひく」<br /><br />　明宏の姿を廊下に見送って、母屋との間の通路の戸が閉まる音を聞く。基は、<br /><br />楽屋の中を見回し、適当な上掛けになりそうなものがないのを見ると、晴弥が<br /><br />裏地を解（ほど）きかけて手にしたままの薄桃色の長絹をふわりと開いて、<br /><br />その肩に掛けた。お疲れ様でした。基が胸の内で囁く。やさしい面立ちの晴弥の<br /><br />貌（かお）は、天人の面（おもて）の表情を、まだ宿していた。それから、基は、<br /><br />鏡の間から残りの仕事を持ってきて、晴弥の眠る傍で作業を再開した。<br /><br />　まだ日の落ちるのは早く、夕刻は、思わぬ速さで夜の闇が部屋の中まで<br /><br />忍び込む。精も根も尽き果てたように昏々と眠る晴弥の顔には、濃い疲労の<br /><br />翳りが見えた。幾らか面やつれし、目元に薄く隈さえ作った、その寝顔は、だが、<br /><br />たしかに少し笑ってもいた。<br /><br /><br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『揺蕩(たゆたふ)とも沈まず』――了――</span></span><br /><br /><span style="color:#ff0000"><hr size="1" />この記事を最初からお読みになりたい方は、カテゴリ内の『揺蕩とも沈まず』からどうぞ。<br />（恐れ入りますが、必ず「前書き」にお目をお通しください）</span><br /><br /><br />長期連載を最後まで見届けてくださり、本当にありがとうございました。<br />よろしければ一言ご感想くださいませ。 ]]>
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<dc:subject>揺蕩（たゆたふ）とも沈まず（ＪＵＮＥ）</dc:subject>
<dc:date>2009-07-11T02:04:52+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
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<item rdf:about="http://heiwadobooks.blog119.fc2.com/blog-entry-363.html">
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<title>第２５章－１２「揺蕩とも沈まず」</title>
<description> 　たしかに、晴弥は、この『羽衣』で、一つの山を越えた。それは、単に、櫟との失恋を克服したというだけではない。少年から青年への過渡期に、たまたま、徳臣櫟という存在が晴弥に深く関わったために、一度は瓦礫の如く崩壊した自我が、相応の年月を費やして再構築されたのだ。しかも、此度は、堅固な土台と、強靭な骨組みを以って。　晴弥は、もはや、純真なだけの脆弱な少年ではない。人と人との愛を知り、淫靡なる性の深みを知
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<![CDATA[ <span style="color:#6666cc"><span style="font-size:x-small;">　たしかに、晴弥は、この『羽衣』で、一つの山を越えた。それは、単に、櫟との<br /><br />失恋を克服したというだけではない。少年から青年への過渡期に、たまたま、<br /><br />徳臣櫟という存在が晴弥に深く関わったために、一度は瓦礫の如く崩壊した<br /><br />自我が、相応の年月を費やして再構築されたのだ。しかも、此度は、堅固な<br /><br />土台と、強靭な骨組みを以って。<br /><br />　晴弥は、もはや、純真なだけの脆弱な少年ではない。人と人との愛を知り、<br /><br />淫靡なる性の深みを知り、人の心の闇を知り、失えないものを失う完全なる喪失と<br /><br />絶望を知った。粘りつく肉欲の深淵に溺れ、愛憎の泥沼を這い回り、その中から<br /><br />不死鳥の如く蘇った、それは、たくましい翼を得た一人の青年の姿だった。生来の<br /><br />天真爛漫、おおらかな明るさが、無垢な子どもであるがゆえのそれではなく、<br /><br />人格としての基盤を伴った、強く、しなやかな豊かさとして、晴弥の核となったのだ。<br /><br />　自分自身の弱さも、醜悪さも、他者の内にある邪（よこしま）なものさえも、<br /><br />ありのままに受け容れ、身の内に取り込み、更に、それを浄化する強さをも<br /><br />併せ持つ、晴弥の『羽衣』は、その包容力の豊かさの象徴であった。だからこそ、<br /><br />あの天人は、あれほども下界を愛し、慈しみ、施しを与え、そして、微笑みつつ<br /><br />昇天してしまったのだ。<br /><br />　晴弥は、今日の舞台に与えられた櫟の言葉を、胸の内に繰り返す。それは、<br /><br />晴弥の知るかぎり、最高の賛辞だった。<br /><br />「やっぱり、君は、僕のインスピレーションの源泉や。今、君の天人のイメージが、<br /><br />僕の中で音楽になりつつある。逃げんうちにつかまえんとな。なんせ、<br /><br />見惚（みと）れてるまに昇天してまう」<br /><br />そう言って、櫟は、慌しく身支度をして帰っていった。落ち着ける空間で、じっくりと<br /><br />曲の構想を練るのだ、と言う。<br /><br />「僕は君の前を走り続けるよ。まだまだ当分の間はな」<br /><br />櫟は、最後に振り向いて、不敵に笑った。</span></span><br /><br /><br /><span style="color:#ff0000"><hr size="1" />この記事を最初からお読みになりたい方は、カテゴリ内の『揺蕩とも沈まず』からどうぞ。<br />（恐れ入りますが、必ず「前書き」にお目をお通しください）</span> ]]>
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<dc:subject>揺蕩（たゆたふ）とも沈まず（ＪＵＮＥ）</dc:subject>
<dc:date>2009-07-10T02:01:33+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>第２５章－１１「約束の巨乳」</title>
<description> 　「そういや、中野は来てたんかな」晴弥が思い出したように言うと、基は、「ああ、そうそう、すみません、僕、受付から、預かってました」、さっと立ち上がり、別の楽屋から何か包みを取ってきた。三越百貨店の紙袋に入っているが、口を曲げてビニールテープで留めてあり、袋と中身は関係なさそうである。「嵩（かさ）の割に軽いようですけどね」晴弥に渡すと、晴弥は、無造作に紙袋を引っ破（ちゃぶ）き、中身を出した。「ああ……
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<![CDATA[ <span style="color:#6666cc"><span style="font-size:x-small;">　「そういや、中野は来てたんかな」<br /><br />晴弥が思い出したように言うと、基は、「ああ、そうそう、すみません、僕、<br /><br />受付から、預かってました」、さっと立ち上がり、別の楽屋から何か包みを<br /><br />取ってきた。三越百貨店の紙袋に入っているが、口を曲げてビニールテープで<br /><br />留めてあり、袋と中身は関係なさそうである。<br /><br />「嵩（かさ）の割に軽いようですけどね」<br /><br />晴弥に渡すと、晴弥は、無造作に紙袋を引っ破（ちゃぶ）き、中身を出した。<br /><br />「ああ……」<br /><br />心当たりがあって、苦笑する晴弥と、嫌でも目に入ったそれに、目のやり場にも<br /><br />困る基である。<br /><br />「今晩、一緒に見る？」<br /><br />「……いや……、遠慮しときます。そういうもんは、あんまり、つるんで見るもん<br /><br />やないです」<br /><br />「そうか？　一人で悶々と見てるほうが、よっぽど陰湿でやらしいと、ぼくは<br /><br />思うで。鍋もエロビデオも、大勢でパーッと明るく、が、ぼくの主義」<br /><br />「大勢やったらまだええんです、男二人で、っていうのが、どうかと……」<br /><br />晴弥は、上目遣いに基を見て、淫靡な笑みを浮かべる。<br /><br />「妙な雰囲気になってきたらどうしよう、って？」<br /><br />「いや、別に……」<br /><br />焦る基を横目で流し見、「そうか、基は、免疫がないからなあ。なんやったら、<br /><br />ぼくが手取り足取り教えてあげてもええけど？」、「晴弥さん！」、基は、突然<br /><br />きつい声をあげて立ち上がった。<br /><br />「性質（たち）の悪い冗談はやめてください！　僕はその手の冗談は嫌いです！」<br /><br />装束を放棄（うっちゃ）って楽屋を出て行ってしまった。<br /><br />「あーあ、怒ってもうた」<br /><br />晴弥は口の中で呟く。それから、「冗談やなかったらどないするんな、基」、さも<br /><br />おかしげにくつくつ笑った。<br /><br />　晴弥は、中野セレクトの巨乳シリーズ三本を無造作に畳の上に放り出したまま、<br /><br />破いた紙袋を丸めて捨てようとして、何か紙が貼り付けてあるのに気がついた。<br /><br />あぶなく一緒に丸めて捨てるところだった。<br /><br />　中野が書いたらしい、「Ｙｏｕ　ａｒｅ　Ｇｒａｔｅ！」の英字があった。晴弥の能を<br /><br />初めて見て、褒めたつもりなのだろう。中野にしてはずいぶんと素直な態度で<br /><br />ある。が、しかし。<br /><br />　中野、お前は、やっぱり英語は使わんほうがええ。畳の上に、「ｇｒｅａｔ」の<br /><br />綴りを指で書いてみて、「いやしくも大学生やろう？」、呟く晴弥には、先日、<br /><br />「御招待券」の漢字が書けなかった自分への反省などは、微塵もないようで<br /><br />あった。</span></span><br /><br /><br /><span style="color:#ff0000"><hr size="1" />この記事を最初からお読みになりたい方は、カテゴリ内の『揺蕩とも沈まず』からどうぞ。<br />（恐れ入りますが、必ず「前書き」にお目をお通しください）</span> ]]>
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<dc:subject>揺蕩（たゆたふ）とも沈まず（ＪＵＮＥ）</dc:subject>
<dc:date>2009-07-09T01:59:14+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>第２５章－１０「意外なる意匠」</title>
<description> 　基の驚くべきことはもう一つあった。例の薄紅色の長絹である。会が終了して、装束を干す段になって分かったことであったが、あれは、やはり、せんに使った鳳凰唐草文様の白の長絹に相違なかった。ただ、生地の裏に、ごく薄い紅梅色の裏地が張ってあったのである。これには基もさすがにぎょっとした。　裏地といっても、絹の羽二重やら紋綸子（もんりんず）やらでは、ない。デシンだかオーガンディーだか知らないが、明らかに洋服
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<![CDATA[ <span style="color:#6666cc"><span style="font-size:x-small;">　基の驚くべきことはもう一つあった。例の薄紅色の長絹である。会が終了して、<br /><br />装束を干す段になって分かったことであったが、あれは、やはり、せんに使った<br /><br />鳳凰唐草文様の白の長絹に相違なかった。ただ、生地の裏に、ごく薄い<br /><br />紅梅色の裏地が張ってあったのである。これには基もさすがにぎょっとした。<br /><br />　裏地といっても、絹の羽二重やら紋綸子（もんりんず）やらでは、ない。<br /><br />デシンだかオーガンディーだか知らないが、明らかに洋服の絹織物であった。<br /><br />透けた風合いを特徴とする、ごく薄い生地だ。この縫い目の粗さは、晴弥が<br /><br />自分で縫い付けたものと思われる。ざくざくと大きな運針で、だが、些かの<br /><br />縒（よ）れも皺もなく、ぴったりと裏が張ってあって、それが白い長絹の絽から<br /><br />透けて見えていたのであった。<br /><br />　単（ひとえ）の薄物を、わざわざ袷（あわせ）にするとは。こんな突飛な<br /><br />こと――いうなれば馬鹿げたこと――を、晴弥の他に誰が思いつくだろうか。<br /><br />後見が変な顔をするはずである。こういうことだったのか。<br /><br />　天人出立（てんにんいでたち）の長絹という、本来、単であるはずの衣装を、<br /><br />特に袷にした以上は、袖のカケ方、一つ、とっても、常とは勝手が違っただろう。<br /><br />重い袖は下手に勢いをつけると振り回される。あくまで天人の所作としての<br /><br />手首の返しが、品良く、軽く、麗しく、決まっていなければならない。それを、<br /><br />なんということもなさそうに、軽々と、ごく自然に扱っていたのには、つくづく<br /><br />驚かされる。<br /><br />　「それにしても、ピンクとはね。ああいう色目の能装束いうんは、たしかに、<br /><br />まあ、そうお目に掛かれる代物やないですもんね」<br /><br />「そうやろう？　照明が当たったときだけ、透けて、ほのぼのとしたピンクに<br /><br />見える。あれっ、白やなかったんかな、と、思って、良（よ）う見れば、やっぱり<br /><br />白にも見える。そういう感じにしたかってんけど、ないもんはしゃあない、自分で<br /><br />作るしかなかった」<br /><br />　粗い縫い目に苦笑しつつ、基が、「僕に言（い）うてくれはったら、縫いました<br /><br />のに」と、言うと、晴弥は、「ええねん、こんなもん、要は付いてりゃ。基みたいに<br /><br />きっちり縫（ぬ）うたら、解（ほど）くときがたいへんや」、けろりと言って、糸を<br /><br />しゅっと引き抜いた。<br /><br />「……それに、基、忙しそうやったしな。これからは、なんでも自分でせんと<br /><br />いかんのやし」<br /><br />「……ええ」<br /><br />切ない。胸が締め付けられる。<br /><br />　「せやけど、晴弥さんも人が悪い。僕にもなんも言いはれへんと」<br /><br />「ふふん。秘すれば花。きれいやったやろ？」<br /><br />「ええ。実に幻想的でしたね」<br /><br />「きれいに解いて、元通りにしとこ。親父に見つかったら、また、嫌味、言われる。<br /><br />お前は、稽古もせんくせに、装束だけはやたら凝るなあ、て」<br /><br />晴弥が明宏の口真似をする。あまり似てもいない。<br /><br />「それは僕も同感です」<br /><br />基が明宏の肩をもつと、「ええっ。ぼく、稽古してたやん！」、晴弥は、不満そうに<br /><br />抗議する。<br /><br />「そうですか？」<br /><br />「してたんやって。基が見てへんだけや。そう、ぼくは、さも稽古してます、<br /><br />みたいなんは、嫌やねん。努力は人の見てへんとこでする。うんうん。男は、<br /><br />そういう奥床しさがないとな、やっぱり」<br /><br />自分の言葉に自分で頷く晴弥に、基は、つれなく、「へえ」と、まるで取り合わない。<br /><br />「へえ、かい。ええよ、もう。今度の『羽衣』は、ぼくにしちゃ珍しく、気合、入っとった<br /><br />のに」<br /><br />　拗ねて横を向く晴弥に、「それは、徳臣櫟が打つから？」、そう訊いてみたい<br /><br />衝動に駆られる基だが、言葉にはせずにしまった。晴弥にはああ言ったが、<br /><br />彼がいつになくまめに稽古をしているのは、基も知っていた。装束に細工を<br /><br />したのも、幕入リで突拍子もないことを仕出かしたのも、晴弥なりに、「気合が<br /><br />入っていた」からに他ならない。もう少し無難な気の入り方であっても良さそうな<br /><br />ものだが、晴弥の場合は、稀に仕事に身が入ると、どうも幾らか屈折した形で<br /><br />表出するらしい。明宏はそれを嘆くが、基は、師の手前、一応、同調はする<br /><br />ものの、実は面白がってもいる。元来、能を芸能としてとらえ、より庶民的な<br /><br />娯楽であることを志向する基にとっては、晴弥が「乗って」いるときの能は、<br /><br />同業者としての視点以前に、観客の視点で、文句なく「面白い」舞台なのだ。<br /><br />　晴弥は、この装束の色を、桃の花のイメージなのだ、と、付け加えた。桜は<br /><br />男、梅は女。だが、桃は無性だ、と、晴弥は言う。<br /><br />「強いて言えば子ども。天人は、子どもの心で舞う」<br /><br />そう、珍しく「芸談」を語った。</span></span><br /><br /><br /><span style="color:#ff0000"><hr size="1" />この記事を最初からお読みになりたい方は、カテゴリ内の『揺蕩とも沈まず』からどうぞ。<br />（恐れ入りますが、必ず「前書き」にお目をお通しください）</span> ]]>
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<dc:subject>揺蕩（たゆたふ）とも沈まず（ＪＵＮＥ）</dc:subject>
<dc:date>2009-07-08T01:55:45+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
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<item rdf:about="http://heiwadobooks.blog119.fc2.com/blog-entry-360.html">
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<title>第２５章－９「阿吽の呼吸」</title>
<description> 　あーあ、やってしまいはった。基は、地謡座を辞しながら、思わず込み上げてくる笑いを抑えられない。いや、笑いごとではない。晴弥は、あとで、明宏にぎっちり絞られるだろう。だが、やってしまったものは仕方がない。晴弥はしらっとして言うのだ。「申し訳ございません。緊張のあまり気が動転して、自分でも何が何やら……」見え透いた嘘でも、ここは、そう言わなければ収まるまい。　晴弥がこのような幕入リをするという打ち合わ
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<![CDATA[ <span style="color:#6666cc"><span style="font-size:x-small;">　あーあ、やってしまいはった。基は、地謡座を辞しながら、思わず込み上げて<br /><br />くる笑いを抑えられない。いや、笑いごとではない。晴弥は、あとで、明宏に<br /><br />ぎっちり絞られるだろう。だが、やってしまったものは仕方がない。晴弥はしらっと<br /><br />して言うのだ。<br /><br />「申し訳ございません。緊張のあまり気が動転して、自分でも何が何やら……」<br /><br />見え透いた嘘でも、ここは、そう言わなければ収まるまい。<br /><br />　晴弥がこのような幕入リをするという打ち合わせは、事前には一切なかった。<br /><br />申合（もうしあわせ）のときは、もちろん、常座（じょうざ）でしおらしく留拍子<br /><br />（とめびょうし）を踏み、橋掛をしずしずと退場していったのである。まさか<br /><br />本番にのみこんな趣向が凝らされようとは、誰も思っていなかった。完全な<br /><br />フェイントだ。ただ、基だけが、稽古のときに、「こんな幕入リ、ええと思え<br /><br />へん？」、晴弥に持ちかけられ、「そら、面白いですけど、今度のではあかん<br /><br />でしょ。また怒られますよ」、一応、止めるだけは止めてみたのだった。<br /><br />　『羽衣』には、たしかに、このように、橋掛を下界と天上界の境界として有効に<br /><br />利用し、キリの舞の途中で昇天してゆくような形でシテが幕入リしてしまい、<br /><br />ワキが留拍子を踏んで一曲を締め括る、といった演出が、しばしば試みられる。<br /><br />だが、それは、「彩色之伝（さいしきのでん）」とか、「脇留（わきどめ）」とか、<br /><br />「和合之舞（わごうのまい）」とかいう小書（こがき）が付いていて、通常の<br /><br />『羽衣』よりも重い位で扱われ、クリ―サシ―クセを抜くなどの特殊演出の<br /><br />一環として、変則的な留メがあり得るのである。しかも、揚幕に背中を向けた<br /><br />まま後退して幕に入るなどということは、Ｇ流の能では、通常、ありえない。<br /><br />橋掛を後退りつつ、幕の前で半回転して、ちゃんと幕のほうを向いて、幕の<br /><br />内に滑り込むのが普通だ。<br /><br />　晴弥は、『羽衣』は初演であるから、この能に小書を付けることは、まだ<br /><br />許されていない。小書の付かない通常の舞台を何度か踏んで、経験を<br /><br />積んで、初めて、特殊演出を伴う小書付きの能が差し許されるのだ。その<br /><br />晴弥が、若輩の分際で、勝手に型を変えて舞ったり、ましてや、ワキや揚幕の<br /><br />係に影響を与える箇所で、本番のみ、急遽、変更、などという、無謀な真似を<br /><br />したりなど、見逃されることではない。それを承知でやるからには、晴弥にも、<br /><br />覚悟というものがあったと見える。<br /><br />　見所の反応だけが晴弥の味方だった。華麗な舞に魅了され、シテの差す手<br /><br />引く手を惜しむように見ていた観客は、愛しく愚かな人間の住まう下界を<br /><br />いつまでも見守るように、豊満な笑みを湛えながら、ふわりふわりと天に<br /><br />舞い昇っていった麗しの天人を、呆然と見送ったのである。あとは、ただ、<br /><br />満場の拍手、拍手、拍手であった。舞台が成功してしまったからには、これは、<br /><br />もう、誰がなんといおうとも、演出の勝利であるには違いないのだ。晴弥は、<br /><br />例によって、基にだけ不敵に笑ってみせて、「ふん。舞台に上がってもうたら、<br /><br />やったもん勝ちや」、そう言って舌を出すのだろう。<br /><br />　基は、ショー的なエンタテインメントを主眼とする曲や演出を特に好むので、<br /><br />晴弥がときどき舞台で仕出かす、このような突飛な演出は、実は密かな<br /><br />楽しみの一つなのだ。晴弥の能は見ていて飽きない。面白い。だが、<br /><br />必ずしも、型破りな演出や、意外な替（かえ）の型で、意表を突かれる<br /><br />ばかりではない。素直に型通りに舞っているように見えても、見慣れた長刀の<br /><br />扱いに、はっとさせられるような清冽な印象を受けたり、何気ない、扇の、<br /><br />差す手、引く手に、かつて得たこともない豊かな情感を見出して、溜息を誘われ<br /><br />たりするのである。<br /><br />　ところで、基は改めて不審に思う。ワキは、揚幕が上がったのを見て、シテが<br /><br />そのまま退場すると見てとったので、これは、急遽、「脇留」になるのだ、と、<br /><br />悟って、立ち上がったのであろうが、思えば、良くもあそこで思い切って幕を<br /><br />上げたものである。たまさか、あのようにシテが本舞台から橋掛へ滑り出て<br /><br />きたとしても、幕の手前で止まり、留拍子を踏んだり、二足（そく）、詰めたり<br /><br />して、シテが終曲まで責任をもつ場合のほうが圧倒的に多いのに、まさか、<br /><br />あのままシテが揚幕に滑り込んでこようとは――ましてや後ろ向きに<br /><br />退（しさ）りながらである――、どうして瞬時に判断できたのであろうか。<br /><br />　晴弥と幕後見（まくこうけん）の間に何か申し合わせでもあったのか、と、<br /><br />あとになって聞けば、あれは、鏡の間にいて嵐窓（あらしまど）から舞台を<br /><br />覗いていた明宏の指示だった、というのである。明宏は、切能（きりのう）の<br /><br />『海士』に出演のため、『羽衣』は、地謡にも後見にも付いていず、また、間に、<br /><br />狂言を、一番、挟むため、姿見の前に鎮座しているという状態でもなく、我が<br /><br />子の『羽衣』初演を、鏡の間から見守っていた。ところが、終曲に近づいて、<br /><br />にわかに晴弥が例の型破りを仕出かした。一瞬、騒然となった幕の内の者を、<br /><br />厳しい一喝で鎮め、嵐窓から晴弥の舞う姿を凝視しながら、「あのまま幕入リ<br /><br />する気や。幕、上げろ！」、晴弥の意図を鋭く察知して、幕後見に命じたのだ<br /><br />そうだ。<br /><br />　晴弥が、初めから父の機転を期待して、幕の上がることを前提としていた<br /><br />とは、到底、考えられない。幕に背中を向けていても、幕の上がったか上がら<br /><br />ないかは、気配で察せられるであろうから、上がらなければ上がらないで、<br /><br />やはり、一の松あたりで半回転して幕の前で留拍子を踏んだのか、下ろされた<br /><br />ままの幕を押し除けて無理やり幕入リしてきたのかは、今となっては分から<br /><br />ない。だが、明宏が晴弥の強引な舞台演出に否応なく引きずられた形とは<br /><br />いえ、そこには、親子であり、最も密接な師弟であるがゆえの、阿吽（あうん）<br /><br />の呼吸があったのである。まこと、舞台は、真剣勝負だ。</span></span><br /><br /><br /><span style="color:#ff0000"><hr size="1" />この記事を最初からお読みになりたい方は、カテゴリ内の『揺蕩とも沈まず』からどうぞ。<br />（恐れ入りますが、必ず「前書き」にお目をお通しください）</span> ]]>
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<dc:subject>揺蕩（たゆたふ）とも沈まず（ＪＵＮＥ）</dc:subject>
<dc:date>2009-07-07T01:48:18+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<item rdf:about="http://heiwadobooks.blog119.fc2.com/blog-entry-359.html">
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<title>第２５章－８「衝撃の幕入リ」</title>
<description> 　着付けが終わると、シテは静かに立ち上がり、本舞台に戻ってくる。「少女（をとめ）は衣を著（ちゃく）しつつ、霓裳羽衣（げいしょううゐ）の曲をなし」謡いながらすらりと立ったその姿が、舞台の照明に映し出されて、基は、はっとした。　なんや、あの長絹。あんなん、あったか？　純白とばかり思っていた鳳凰唐草文様の長絹が、光線の加減で薄紅色に見えるのである。あのような色味の装束は見たことがない。少なくとも、蔭村家
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<![CDATA[ <span style="color:#6666cc"><span style="font-size:x-small;">　着付けが終わると、シテは静かに立ち上がり、本舞台に戻ってくる。<br /><br />「少女（をとめ）は衣を著（ちゃく）しつつ、霓裳羽衣（げいしょううゐ）の曲をなし」<br /><br />謡いながらすらりと立ったその姿が、舞台の照明に映し出されて、基は、はっと<br /><br />した。<br /><br />　なんや、あの長絹。あんなん、あったか？　純白とばかり思っていた鳳凰<br /><br />唐草文様の長絹が、光線の加減で薄紅色に見えるのである。あのような色味の<br /><br />装束は見たことがない。少なくとも、蔭村家の所蔵には、あれほど淡い、あるか<br /><br />なきかの紅を刷いたような、微妙な色合いの長絹など、なかったはずだ。また<br /><br />晴弥がどこからか引っ張り出してきたのだろう。なんという目の鋭さか。八年、<br /><br />勤めた、基も、蔭村家の所蔵品はたいがい把握しているつもりだが、いったい<br /><br />どこから発掘してくるのだろう。地獄耳ならぬ地獄眼だ。<br /><br />　あれが基の思っていたいつもの鳳凰唐草でないのだとしたら、なんらかの<br /><br />不備があっても不思議ではない。大きな虫食いでもあるか、染みでも出来て<br /><br />いるのではないのか。それであの後見の不審顔なのだとしたら、納得がゆく。<br /><br />なんということ。美の頂点を極める天人の序之舞（じょのまい）を、不備のある<br /><br />装束で、晴弥に舞わせる羽目になるとは。この大事な舞台に。ああ、やはり<br /><br />自分が点検するのだった。<br /><br />　「天（あま）の羽衣風に和（くゎ）し」<br /><br />ワキが謡えば、「雨に潤ふ花の袖」、ワキのほうへ出ながら、シテが受ける。<br /><br />それを、また、ワキが、「一曲を奏で」、続けると、「舞ふとかや」、シテはワキに<br /><br />向かって足を詰め、たっぷりと量感溢れる謡で、地に送るのである。<br /><br />「東遊（あずまあそび）の駿河舞（するがまひ）。東遊の駿河舞。この時や、<br /><br />始めなるらん」<br /><br />地謡は、シテの謡を受けて、ゆったりとしたリズムで謡い始める。シテは、ふわりと<br /><br />手首に長絹の袖をカケ、しとやかに拍子を踏む。<br /><br />　「それ久方の天（あめ）と云（い）つぱ、二神出世（にじんしゅっせ）の<br /><br />古（いにしへ）、十方世界を定めしに、空は限りもなければとて、久方の、空とは<br /><br />名づけたり」<br /><br />クリ―サシ―クセと呼ばれる、能の一典型の件（くだり）を、しっとりと落ち着いた<br /><br />情感を込めつつも、僅かな気負いも感じさせず、晴弥は、舞台を静かに廻る。<br /><br />地謡座の近くへ来たときを見計らって、基は、装束に目を光らせるが、別段、<br /><br />目立った汚れや破損などないように見える。至って端正このうえない。唯一、<br /><br />気になるのは、この、見たこともない、ごくごく淡い薄紅色の長絹の、袖を返した<br /><br />ときや扇を扱ったときにふと見える、生地の裏側のほうが、表よりも僅かに濃い<br /><br />紅色に彩られている、そのことであった。<br /><br />　長絹という装束は、絽（ろ）地の薄物であるから、裏が、あのように、幾分、濃い、<br /><br />ということは、遠目には全体に淡い薄紅色に見えるあの生地は、やはり、実は<br /><br />白地で、その全体に赤か桃色の緯（よこいと）を織り出しているのだろう。凝った<br /><br />織り方だ。<br /><br />　それにしても、この微妙な色味の長絹が、なんと今日の舞台に映えることか。<br /><br />面（おもて）の映りを予め計算しつくしたような取り合わせ方である。文様から<br /><br />して王朝風とも思われるが、ごく近代的な色彩ともいえそうだ。咲きかけた<br /><br />白牡丹の、花芯にほんのりと赤みが差す――そう、そんな句があった――、<br /><br />「白牡丹といふといへども紅仄（こうほの）か」、ちょうどそんな具合なのだ。<br /><br />　白は白でも、潔癖で、微細な穢（けが）れをも許さない、そのような冷たい<br /><br />純白ではない。清濁併（あわ）せ呑む、といった、寛容さ、豊潤さが、そこはかと<br /><br />なく匂う色である。面と舞の衣装がシテの趣向を決定的に左右する演出の<br /><br />要であるとすれば、晴弥が志向したものは、この慈愛の表情を宿した不思議な<br /><br />増女（ぞうおんな）と、淡く匂う仄かな紅色の長絹に託された、無限のやさしさ、<br /><br />包容力こそ、それだ、ということになるまいか。<br /><br />　クセを舞い上げ、太鼓入序之舞（たいこいりじょのまい）という華やかで格調の<br /><br />高い女舞に至って、若き異才の能師の美意識は、一つの極を窮めようとしていた。<br /><br />「南無帰命月天子（なむきみやうぐゎってんし）。本地大勢至（ほんじだいせいし）」<br /><br />しめやかに謡い合掌するシテ、「東遊（あずまあそび）の舞の曲」、地が受けて<br /><br />叙情豊かに謡い上げると、太鼓の音も明朗に、緩やかなテンポの序之舞が、<br /><br />長閑な海の青を背景に、おおらかに繰り広げられたのである。<br /><br />　まさに天衣無縫。鷹揚な伸びやかさは、これぞ晴弥の本領発揮。屈託した<br /><br />ところのないのびのびとした明るさ、氏育ちに裏付けられた品位の高さ。この世の<br /><br />者ならぬ天人の清浄無垢は、晴弥の天真爛漫たる性情をありのままに現出<br /><br />させて、まさしく面目躍如の感がある。序破急の妙も面白く、舞は次第にテンポを<br /><br />速める。笛は優雅な呂中干（りょちゅうかん）の調べを奏で、鼓はまろやかに<br /><br />しっとりと、太鼓は軽く華やかに、そして、櫟の打つ大鼓はどこまでも雄々しく<br /><br />たくましく、シテの目指す極みへと、共に昇りつめる。<br /><br />　序之舞を舞い上げ、眼前に広げた扇を、なめらかな弧を描く軌跡で上方へ<br /><br />引き上げ、夢から覚めるが如き揚扇（あげおうぎ）は、あくまでも雅びである。<br /><br />「或（あるひ）は、天（あま）つ御空（みそら）の緑の衣（ころも）」<br /><br />澄んだ朗々たる声が天上に響き渡る。地が受け、「又は春立つ霞の衣」、<br /><br />シテは、軽々と手首に袖をカケ、ゆったりと鷹揚に差込開（さしこみひら）キを<br /><br />して、「色香も妙なり少女（をとめ）の裳裾（もすそ）」、また、ふわりと袖を<br /><br />ハネる。<br /><br />「左右左（さいうさ）、左右颯々（さいうさつさつ）の、花を翳（かざ）しの、<br /><br />天（あま）の羽袖（はそで）。靡（なび）くも返すも、舞の袖」<br /><br />舞台を大きく旋回する。カザシ扇の作る仄かな陰翳に、増（ぞう）の面が淡い<br /><br />翳りを帯び、えもいわれぬやさしい情感を湛えた。<br /><br />　破之舞（はのまい）。高い笛の音と、大鼓（おおかわ）の裂帛（れっぱく）の<br /><br />掛け声と。天冠に左袖を被（かず）き、遥か彼方を見透かす。この世の<br /><br />あらゆる存在――美しいもの、醜いもの、正しいもの、邪（よこしま）なもの、<br /><br />善（よ）きもの、悪しきもの――全てを愛し、慈しみ、憐れむ。晴弥がこの<br /><br />面（おもて）を選んだのは、陰をこしらえたときの表情の絶妙の変化を狙った<br /><br />ものだったことは、もはや疑う余地がない。基はそう確信する。品格は、<br /><br />あくまでも高く、だが、やや柔和な面差しのそれは、――流の本面、<br /><br />節木増（ふしぎぞう）を彷彿とさせぬでもない。Ｇ流の能面としては典型的な<br /><br />増とはいえないために、最近、そう何度も舞台で使用したことのないはずの<br /><br />面だ。晴弥は、いつ、この面のこうした特徴を知り、陰翳の効果までを計算<br /><br />したというのだろうか。<br /><br />　「東遊の数々に、東遊の数々に、その名も月の、色人（いろびと）は、<br /><br />三五夜中（さんごやちう）の、空に又」、角（すみ）で、やわらかく抱（かか）ヘ扇を<br /><br />して、月を見る風情である。シテの視線と扇の面の照り返しの、それぞれの<br /><br />延長線上の交点に、月の像が結ばれる。「満願真如（まんぐゎんしんにょ）の<br /><br />影となり、御願（ごぐゎん）円満国土成就、七宝充満（しっぽうじうまん）の宝を<br /><br />降らし」、両手で招（まね）キ扇、いともやさしい手つきで扇を左手に持ち<br /><br />替えると、「国土にこれを、施し給ふ」、ふわりと被せるように水平に差し出す。<br /><br />「さる程に、時移つて、天の羽衣、浦風にたなびきたなびく」、たおやかな<br /><br />ハネ扇が風を起こす。「三保の松原浮島（うきしま）が雲の」、一の松を指し、<br /><br />「愛鷹山（あしたかやま）や富士の高嶺」、おもむろに左袖を被いて橋掛へ。<br /><br />ごくなめらかな弧を描いて半回転し、本舞台を見送りつつ、揚幕に背を向けた<br /><br />まま、するすると後退（あとずさ）る。にわかに揚幕が上がる。「かすかに<br /><br />なりて、天つ御空の」、たぶん慌てて、だが、見所にはそれと分からぬように、<br /><br />至って落ち着いたふりをして、ワキが立ち上がる。晴弥は、そのまま後退し<br /><br />つつ、揚幕の中に入る。「霞に紛れて、失せにけり」、幕入リしたシテの<br /><br />代わりに、ワキが留拍子（とめびょうし）を踏んだ。</span></span><br /><br /><br /><span style="color:#ff0000"><hr size="1" />この記事を最初からお読みになりたい方は、カテゴリ内の『揺蕩とも沈まず』からどうぞ。<br />（恐れ入りますが、必ず「前書き」にお目をお通しください）</span> ]]>
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<dc:subject>揺蕩（たゆたふ）とも沈まず（ＪＵＮＥ）</dc:subject>
<dc:date>2009-07-06T01:42:45+09:00</dc:date>
<dc:creator>平和堂書店</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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