≪筆者注≫本文中に登場する「G流宗家・若宗家」なる人物は、筆者の創作であり、あくまでも
架空の人物です。
強いて言えば、筆者の直接・間接に知る古典芸能従事者の総合的イメージに、筆者の空想が加味されて、
練り上げられた一種のステレオタイプの誇張されたものとお考えいただかなければなりません。
「モデル」の詮索は、無意味なだけでなく、仮にも「モデル」と疑われた方にも大変なご迷惑となりますし、
創作の自由を著しく妨害することにもなり、筆者にとっても非常に迷惑ですので、
厳にお控えいただきたく存じます。
フィクションとノンフィクションの区別のおつきになりにくい思考癖をお持ちの方は、閲覧をご遠慮願います。 ↓
(意訳)「こんな人いてへんいてへん」 家元の稽古、といっているが、実質的には、家元の嫡男が、稽古のほとんどは
見る。最終段階の仕上げだけ、宗家が一通り見て、何も言わなければ良し、
けちがついたらやり直し、ということである。神経質な若宗家は、関東の言葉で、
声高に晴弥を叱責する。扇で手首や頭を叩(はた)かれるくらいは、父の稽古で
慣れっこになっていて応えない。張扇(はりおうぎ)が飛んでくるのにも免疫が
ある。だが、拍子盤を投げられたのは、家元に来てからが初めてだった。お父さん
より物凄い人が、まだいてるねんなあ。青痣ができた腿を気にしながら、うっかり
ここの書生にでもなったら、生きて実家に帰れるかどうか保証の限りではない、
と思う晴弥であった。
「なーァ須野の化生の者を、退治せよとの…勅を受けて、やァかァんナァ犬に似た
れば犬にて稽古、あるべしとてひゃァくゥにち犬をぞ…射たァりけるゥこれ犬追物
(いぬおもの)の始めと…かやーァーァ」
書生に大小をあしらわせ、若宗家が地を謡ってくれるのはいいが、苛立ってくると謡
が微妙に速くなり、もとより速いテンポの曲だけに、晴弥は焦って足がもつれそうに
なる。
拍子を踏むのが、一瞬、遅れたのに、若宗家はチッと苛立たしげに舌打ちし、その
気配に晴弥は縮み上がる。
「両すゥけは狩装束にて数万騎(すまんぎ)那須野を…取りー籠(こ)ォめて…草を
分(わか)つて狩りけるにーィー、……ちょっと! 何やってんの! どっち向いて
んの、そうじゃねえつってんだろ!? ……草を分つて狩りけるにーィー、身…を
何と那須野の原に、現れ……馬鹿野郎、だから、そこで足カケるときは、手は
こっち向いてなきゃいけないんだよッ! こっち!」、ここら辺で、まず、一つ、
バシッとくる。
「現れ出でしをー、狩人の、追つつまくつつさくりにつけて……」、矢を番えた
姿勢のまま、一直線上を半回転の反復で移動すべきところを、謡に追っ立てられ
て慌て、軸足がよろめくので、ピシリと形良く決まらない。
若宗家は、大小をあしらう書生を叱り飛ばし、「シテがちんたら舞ってんのに、
そんな重くあしらってどうすんの! 舞えねえだろっ!」、それから、また、晴弥に
おっ被せて、「だいたいシテがそんなにかったるく舞ってっからだよっ!」
「申し訳……」
「ございませんじゃねえよ、馬鹿野郎! ……矢の下にー射伏せられて、即時に
命をー徒(いたづら)に……、立ち上がんのが遅いんだよ、馬鹿野郎! 尻に
鉛でも入ってんのか! ……那須野の原のー、露と消えてもなほ執心ナこの
野に残つてーー、殺生ーォ石となつて……」、拍子を間に合わせるために焦って
止まろうとしてつんのめったところで、若宗家も爆発した。
「馬鹿野郎ッ! 何やってんだッ!」、ここで、もう一つ、バシッとやられるわけ
である。
「……人を取る事…多年なれども今遇ひ難(がた)き、御法(みのり)を受けて、
……あーっ、だめだめだめだめ、全然だめっ!」、今日は、ここで僅かに一呼吸
おいてから、拍子盤が吹っ飛んできた。怒鳴られている最中なら身構えもできた
が、怒鳴り尽くして一拍おいて、抑えきれなかった苛立ちが改めて飛んできた
ので、晴弥は、不意を突かれて、避けることはおろか、物の当たる覚悟も決め
られず、拍子盤はまともに当たったわけである。
玄人は、稽古状況を録音しておいて、後日、単独の稽古のときに、それを
聴き直して役立てるというようなことをする。晴弥も、今日の稽古を録音してい
たが、櫟のたっての頼みで、今しがた、それをホテルの部屋で再生して聞か
せた。
櫟は、これを聞いて大爆笑した挙句、「これ、怒っとうとこだけ編集して、『G流
若宗家激怒編』で、楓書院に流したらどうやろ」などと言い出す。
「櫟さん。他人事(ひとごと)やと思って」
晴弥が眉を顰(ひそ)めると、「いや、ごめん。しかし、凄まじいなあ。聞きしに
まさる稽古風景やな」
「はい。やがて手も出る、足も出る」
「関西の者(もん)には、この、東京弁で怒られるいうんは、堪らんなあ。それも、
こうヒステリックやと……」
「今日だけで五百回くらい馬鹿野郎って言われましたね。人は、ふつう、一生の
うちに、五百回も馬鹿と言われることは、ないんやないでしょうか。お父さんにも、
相当、怒鳴られるけど、慣れてますからね。何やってんねん、アホ! 何遍、言う
たら、分かんねん、アホか、お前は! もうええ、お前は舞うな! 見とけ、アホ!
……てもう、人のこと、アホ、アホ、アホ、アホ言うて、だんだん、ぼく、アホかなあ、
いう気になってまう。洗脳されますよ」
かくて、散々だった稽古が、それでもなんとか終了して、辛うじて命があった
ことを報告し、年内はこれで稽古は最後だと言われたこと、明日の朝一番の新幹線
で帰阪することを告げて、電話を切った晴弥だった。
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