本屋のばあさんの平和な一日
世捨て人のばあさんが、さびれた裏通りでひっそりと営んでいる貸し本屋。 気紛れなお客様のお立ち寄りを、野に咲く花のよーにひそかに待っている。
かもめはかもめ・・・一人で海を、行くのがお似合〜〜い〜〜〜♪
古い話だが、「かもめ」の所感である。

公演中の演劇や公開中の映画についてあれこれ書くのは、

なるべく差し控えようと思っているので、少し時期をずらす。

ネタバレがどうとか、あんまり気を遣いたくないし

(そんなこと言ってたら感想なんか書けない)、

私の書いた文章のせいでチケット1枚分でも興行収益が下がったら、

関係者に申し訳ない

(あんまりいいことは言わないということか。そんなこともないのだが)。



7月1日(火)、赤坂ACTシアターにて観劇。

苦悩する青年小説家トレープレフ、藤原竜也。

その母、大女優アルカージナ、麻実れい。

人気小説家トリゴーリン、鹿賀丈史。

トレープレフに恋される女優志望の少女ニーナ、美波。

トレープレフに恋する娘マーシャ、小島聖。



いや〜〜、相変わらず、濃いな〜〜、演技、竜ちゃん。

身毒丸でおなかいっぱいだったのに、ますますどっしり重かったよ。

いいよ、舞台人はこうでなくちゃ。

でも、この子の凄いとこは、舞台を降りれば、ちゃんと映像用の演技に

切り替えられるところ。

舞台出身の役者は、往々にして、スクリーンでもブラウン管

(ええっ!今時ブラウン管テレビはないだろう!←時代は液晶)でも、

十年一日のごとく舞台用の演技で押し通すバカが絶えないのにね。

デスノの2でキラこと夜神ライトが死ぬとこに、

そこはかとなく、舞台の経験が生きてたが。



美波ていう子は、才能あるんだな、きっと。

フランス人とのハーフなんだっけ?

可愛いよね。

「有閑倶楽部」の剣菱悠理役で初めて見て、

可愛いけど別にふつー、とか思っていたのだが。

良くまああれだけのセリフを噛まずに滔々と語るよ。

役者根性だなあ。

冒頭の劇中劇でトレープレフの戯曲を演じる、

「全然未熟で深みも何もない演技」と、

後半で、夢破れてドサ回りの三流女優となりながらも、

女優業にしがみつくニーナが、

冒頭の劇中劇のセリフをものすごく情感をこめて語る、

さすがに「一応女優の演技」との対比が素晴らしかった。



トレープレフに疎まれ続けるマーシャは、もっとブサイクな人がやらなきゃ。

小島聖じゃきれいすぎる。

それにしても、黒いドレスのせいか、異常にスタイル良く見えたなあ。

人生の墓場に片足突っ込んだ、うっとうしい女・マーシャを好演。



鹿賀丈史は余裕。

彼の語る、「人気作家の苦悩」に、しみじみと頷いた。

人気作家でなくても、物書きたる者、根底には同じ苦悩を抱えているんだね。

これは、チェーホフ自身の苦悩の代弁でもある。

この語りがあるからこそ、自殺直前のトレープレフの、

形式がどうのではないんだ、書きたいことがあるかないかなんだ、というような、

「書くこと」への根源的な動機に言及するセリフが精彩を放つのね。



朝日新聞の劇評に、惜しむらくは舞台が広すぎる、とあり、

ああ、そうか、それでか!と全てが腑に落ちた。

「間が持たない」というのは、空間にもあるのね。

役者が舞台空間をもてあましてうろうろ歩き回るのが、どうにも目障りだったが、

そうか、根本的に、広すぎたんだ、あの舞台。

あんなに要らない。

室内劇だものねえ。

その空間で無意味に動き回っていて、

唯一、自然で、美しい動線をキープしていたのが麻実れい。

さすがです。

宝塚女優は違う。本物だわ。

軽くバッスルスタイルの入った裾長のドレスを優雅に引き回して、

まさしく滑るように美しく歩いていた。

じゅうたんの端を蹴っ飛ばしてまくり上げた美波

(小島か?どっちだっけ?)とは格が違う。



肝心なことは全て舞台裏で起こる。

チェーホフ劇のこの極端な逆説の最たるものである、トレープレフの自殺。

音響が良かったねえ。

「ドン!」だったんですよ、「ドン!」。

バキューンとかズガーンとかとかじゃなくて。

重い、胸にずしりと響く音。

苦悩する青年の生命が失われた音。

そして、ろうそくの火がふっと消えるかのような幕切れ。

カタルシスがない、という向きもあるが、

あの中途半端な、尻切れトンボのような幕切れにこそ、

あの芝居の全てが在ると私は思う。

あとはただ墜落する、撃たれたかもめ・・・

それは、ニーナではなく。



ふと思えば泣けてきますね。



藤原本人が、自分じゃなかなか「作家」には見えないだろう、と言っている。

自分にないものを表現しなければならない役だった、と。

自分にないもの――ぶっちゃけ、「知性」のことなんだが。

いやあ。

言うかね、ふつう、そこまで、自分のことを、客観的に。

14〜5歳で、いきなり舞台デビューして演劇界入りし、

堀越高校は4日で退学した、という逸話をもつ彼だけに、

ロンドン留学の実績があってさえ、

「the」を「テヘ」って読むんじゃないのか、みたいな、

偏差値30疑惑を拭い去れないのが事実だが、

実のところ、私は、この子はとても頭のいい子なのではないかと思っている。

お勉強はできないかもしれないが、それと頭の良し悪しとは違う。

ペーパーテストを受けたら偏差値30でも(いや、そんな事実はどこにもないが)、

彼は、たぶん、非常に頭のいい、聡明な青年だと思う。

生きるために必要なことは全部知ってる――そんな印象がある。

一つ。バカには台詞が覚えられない。

一つ。バカには演劇が分からない。

一つ。バカには自分の生きていき方が決められない。

蜷川とか野田とかたけしとか、

業界の要としてこれぞという大人をいちいち確実に味方につけて、

芸能界を上手く渡り歩いてる要領の良さは、

藤原自身の取り入り方が上手いのか、

マネージャーやホリプロの売り出し方が上手いのか。

とにかく、オイシイ業界の渡り方をしている。

「身毒丸」ロンドン公演凱旋という鮮烈なデビュー歴を引っ提げたシンデレラボーイ、

数々の受賞歴、と、輝かしい経歴を勲章のごとくぶら下げつつ、

あの大手事務所に守られながら、相当上手く芸能界を渡り歩いている、

甘いルックスの永遠の美少年。

そのくせ、しょうもない写真をスクープされたり、女千人切りを豪語してみたり、

若くしてスキャンダルにまみれたりしながら、

悪びれないというか動じないというか媚びないというか・・・

根性据わってるよな。

「才能あるんだから何してもいいんだよ、俺は」みたいな、

若さゆえの傲慢、開き直りの強さ、

思いっきり庇護者なのにどっか自分だけアウトローのつもりでいるような

青臭い思い上がりが、どういうわけか嫌味なくしっくり来る・・・

不思議に吸い付くような魅力のある若者だ。

とかく、オトナたちは、こういう小生意気で可愛げのあるガキを可愛がる

傾向がある。

それに上手に取り入っている感じがする。

あの若さで舞台に絞り込んだ潔さ、そしてそれは結果的に大成功だったわけで、

その見極めの確かさが、

果たしてどこまで藤原自身の選択なのか事務所の戦略なのかは

分からないにしても、

ああいう生き様を見せる男は、私には、どうしてもバカだとは思えないのである、

たとえ偏差値は30でも(だから、そんな事実はないって)。

何よりも、あの子の舞台での吹っ切れ方を見ていたら、嫌でも分かる。

自分が只者ではないことを、過大評価でもなく過小評価でもなく等身大で

分かってる彼は、どこの誰よりも、「自分のことは客観的に見られる」男だ。

いいね〜、藤原君、そこで振り向いて、目線こっちね、そう、そこでセリフ!

「あなたとは違うんです」(ビシッ!)
【2008/09/14 20:36】 | 舞台・映画鑑賞記録 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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