本屋のばあさんの平和な一日
世捨て人のばあさんが、さびれた裏通りでひっそりと営んでいる貸し本屋。 気紛れなお客様のお立ち寄りを、野に咲く花のよーにひそかに待っている。
『和泉式部考』−序
<序>

和泉式部は、父・大江雅致(まさむね)、母・平保衡(やすひら)の女(むすめ)。

童女時代は「御許丸(おもとまる)」と呼ばれ、母の出仕していたといわれる昌子

内親王家で過ごしたと思われる。

女房時代に和泉守橘道貞と結婚して小式部内侍(こしきぶのないし)をなし、

「和泉式部」と称された。

昌子内親王を継母として宮に出入りされる弾正宮為尊親王(だんじょうのみや

ためたかしんのう)と、和泉式部との間に恋愛関係が生じるが、宮は生来の

色好みと軽率な御気性のため、折からの悪疫流行も省みぬ夜歩きが元凶と

なって、一〇〇二年六月十三日、二十六歳で薨去。

故宮に死別して失意の式部のもとへ、故宮の四歳下の弟・帥宮敦道親王

(そちのみやあつみちしんのう)が、翌一〇〇三年四月中旬、式部と顔見知りの

小舎人童を介して、接触を図られる。このとき帥宮は二十三歳。式部の年齢は

はっきりしないが、少なくとも帥宮よりも数年の年長であった。

弾正宮と帥宮は、三条帝とともに、冷泉帝と藤原兼家女超子の皇子。冷泉帝は

二歳で即位され七歳で退位されるまで、一時たりとも御正気の折がなかったと

される、てん狂の気質であられた。その血筋を色濃く受け継がれた宮たちは、

容姿こそ母の美貌を享けて美麗であられたが、極めて色好みで、「軽々に

おはしまし」た。異母兄の花山帝とは、お三方で一人の女を取り回すなど、

当時においても非常識とされる乱脈な性生活をもたれた。

恋愛には比較的おおらかであったこの時代でさえ、同母の兄弟が同じ女と

通じるということは稀な例といえ、帥宮の和泉式部への懸想は、周囲の強い

抵抗があった。そんな周囲の圧力にあえて反抗するかのように、宮の情熱は

かえって燃え上がり、一〇〇三年の年末には、式部をご自身の私邸たる

南院へ迎えられる。一〇〇四年の葵祭の帰りには、牛車に式部と相乗りして、

車の簾を自分のほうは真中からばっさりと切って丸見えにし、式部のほうの

簾は下ろしながら、これ見よがしに派手に出衣(いだしぎぬ)させて、紅の袴を

着せ、真っ赤な物忌の札を地面に着かんばかりに長々と垂らして悠々と練り

歩き、祭よりもよほど見ものであったと、『大鏡』にも記されている。

「和泉式部日記」は、通常の日記の形式と違って、筆者の一人称描写によって

書かれていない。筆者自身を「女」と三人称で称し、一人称描写の恨みとなる

視点の不自由を克服している点に特長がある。もっとも、これを以って、

『和泉式部日記』を、和泉式部の自作ではない、と見る説もあるが、そう考えて

しまっては、自照文芸としての日記文学を、あくまでも自己客観描写のうちに

高く完成させようとした『和泉式部日記』の創作性は、完全に無視されてしまう。

これでは研究の意味もないことなので、あくまで本人執筆説を基盤として、

平和堂書店店主独自の意見や考察を述べてみたい。



この「和泉式部考」は、和泉式部集などの歌をなるべく引用せず、『和泉式部

日記』を一つの独立した恋愛小説作品としてとらえるというスタンスで、読解を

進めていきたい。『和泉式部日記』のヒロインである和泉式部という女性の真実の

姿を、観念や先入観にとらわれず、また、文学史的に実在した和泉式部本人の

実在にもとらわれることなく、解き明かしていきたいからである。

なお、この記事は、宮内庁書陵部蔵、三条西家旧蔵本、三条西実自筆『和泉

式部日記』を底本とされた、岩波文庫版、清水文雄校注『和泉式部日記』による

(ので、原文はそちらをご参照下さい)。
【2007/11/18 11:59】 | 和泉式部考(評論) | トラックバック(1) | コメント(0) |
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